羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「マンネリだ!」
 ヤッた後の余韻も何もかもぶち壊す大声にオレはげんなりしつつ隣を見た。「んだよ突然」たぶん相当嫌そうな顔をしているように見えたのだろう。そいつは慌てたように、身振り手振りを使っていかに最近のオレたちが惰性によるセックスに陥っているかということを説明してくれる。
「なんかこう、もっとどきどきしたいわけ」
「はあ……?」
「倦怠期は破局の原因になっちゃうの! マンネリ脱出してもっかいおれに惚れ直してもらおーという試みですよ」
「お前それせめてオレに黙って実行しろよ……今まさに新鮮味が死んでいってるぞ」
 確かにこいつと付き合ってそろそろ一年。俗に言う倦怠期がやってきていてもおかしくはない。恥ずかしながらすっかりこいつの恋人というポジションに「慣れて」しまっている。
 ヤるにしたって、昔のような昂りを感じることはなくなってきた。大人になったということだと思っていたのだが、どうやらこいつはそれが不満らしい。
「薄野って淡白じゃん。おれってそんな魅力無い!?」
「魅力無かったら付き合ってるわけねえだろぶっ飛ばすぞテメェ」
「ひええ……ごめんなさい……」
 こいつクソほど失礼だ。こいつが抱かれる側だっつうならその言い分も百歩譲って許すが、毎回オレのことガンガン突き上げてくるくせしやがって何ほざいてやがる。そんな、好きでもねえ奴に流されてケツを弄りまわされるほど悪趣味じゃねえぞ。
 別にオレは淡白を自称したことなんて無い。寧ろ淡白なのは中原の方だと思ってた。一回ヤればめちゃくちゃ満足そうに笑うし、終わったらさっさと夢の中だし。マンネリの原因、お前じゃね? そりゃお前がこれまで抱いてきたようなチャラついた女共と比べたら、オレは体力も気力も精力もあるぞコラ。
 そう指摘してやると、中原は唇を尖らせた。「むっ。別におれは薄野のこと女の子と同じ扱いしてたわけじゃないよぉ」と訴えかけてくる。
「好きだから大事にしよーって頑張ってたの! 薄野は理解してくれてると思ってたぁー!」
「うっぜ……お前と喋ってるとオレまで頭パーになりそうだっつの」
「ひどいよぉ……薄野が絶対嫌がると思ってやってないことたくさんあるのに……」
 いじいじと左手の人差し指で「の」の字を書いて分かりやすく拗ねている中原に、オレは思わず勢いよく顔を上げた。
「は? んなの初めて聞いたぞ」
 中原はきょとんとしている。「だって言ったら気を遣っちゃうでしょ。どうしても薄野の体に負担かかっちゃうし、せめてあんまり不安がらせたりとかしたくなかったの」さらりと、まるでそれが当然であるみたいな言い方で笑った。
 ……やべえ、頭パーとか言っちまった。オレは凄まじく気まずい思いで目を逸らす。
 正直、こいつのことは初対面のときからよく分からなかった。突然「一目惚れしたからおれと付き合ってください!」と言われて思わずぶん殴って逃げたのがこいつとの関係の始まりだ。チャラチャラしてていつも女と一緒にいる軟弱野郎。元々はそんな印象だった。オレは女には割と怖がられてしまう方だったから、まったくの別世界の人種といった感じで最初のうちは引いていた。いや、だって突然告ってくるような奴、おまけに男、引くだろ。っつーか冗談だと思ってたし。口調の軽さも悪ふざけのように思えて、本気だと気付くまで随分時間がかかってしまった。
 今は、こいつがいかにも頭の悪そうな喋り方の中にいつも気遣いを潜ませているところとか、好きになった相手には存外誠実に接するところとか、ちゃんと分かってきたけれど。
 オレはいつも言い方を間違えてしまう。こいつを貶したかったわけではないのだ。
「あー……別にキョヒんねえから、色々試してみりゃいいんじゃねえの」
「……薄野って男らしいのか馬鹿なのか紙一重だよね……」
「ぶん殴られてえのかテメェ」
「はいその言い方だめー! もっとかわいく言って!」
「………………、今夜は寝かさない、ぞ?」
「うわ怖っ……! 案外ノリがいいとこもすき……」
 殴られる痛みで眠れないってことなの? と怯えていたので黙って首を振った。恥ずかしくて答えるどころじゃない。変なこと言わなきゃよかった。
「えーじゃあ今度会うときはおれの好きなようにやっていい?」
「じょ、上等だコラ……返り討ちにしてやるよ」
「やたっ。ご満足いただけるようにがんばります」
「ヒョロもやしのくせにんな大口叩いていいのか?」
「ムカーッ! ひどい! もう泣いてもやめてあげないからね!」
「泣くわけねえだろバーカ」
 柔らかい金髪をぐしゃぐしゃ掻きまわすとそいつは照れたように笑った。その笑顔にときめいてしまうオレも大概バカだ。
 やっぱりなんだかんだこいつにべた惚れなんだろうなあ、とオレはそんなことを思った。言わねえけど。

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