羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「はー家あったかい!」
「ケーキは一旦冷蔵庫入れといて、飯食おうぜ。頑張って作ってくれたんだろ?」
「うん、今日はビーフシチュー! いつもよりいいお肉使ってるんだよ。あとはねぇ、マッシュポテト作ったから生ハムとサラミと一緒に食べよう」
 ちょっと前に買った圧力鍋は使い勝手がよかったらしく、潤は鍋を火にかけてサラダと前菜を用意している。俺も、仕事帰りに見繕って今日まで大事にとっておいたスパークリングワインを開けた。調子に乗ってワイングラスまで買ったのだ。思う存分活用しなければ。
 程なくして食事の準備が調う。ワイングラスをこたつで傾けるなんてアンバランスで笑ってしまうけれど、俺たちらしくていいなと思う。堅苦しいのは性に合わない。夜景の見えるレストランよりも自宅のこたつの中に幸せを感じる辺り、どこまでも庶民だなあと自分の感覚にまた笑みがこぼれた。
 いただきます、と手を合わせる。いつもよりいい肉を使っているだけあって大ぶりにカットされた肉は柔らかくジューシーだった。「おっきく切りすぎた……」と肉が口に対して大きすぎたのか悪戦苦闘している潤の可愛さに小さな幸せを感じつつ、料理に舌鼓をうつ。潤、やっぱり料理上手くなってるよな? いいことだ。こいつと出会う前は圧力鍋なんて使いどころがまったく分かってなかったけれど、やっぱり普通の鍋と種類が分かれているのにはちゃんと意味があるのだなあ、と今なら理解できる。
「んむ、孝成さん、シチューうまい?」
「美味いよ。ポテトにも合うなこれ」
「ほんと? よかったぁ、やっぱりクリスマスだからちょっとおしゃれにしてみたかったんだよね。食べてもらえて嬉しい」
 やっぱり美味しいって言って食べてもらえると作ってよかったなって思うよ、と本当に嬉しそうにするので、食事中だということも忘れて潤の頬を撫でた。「……ふふ、どうしたの?」「あー……悪い、触りたくなった」なんで謝るの、と笑われてしまったのが恥ずかしくてそれには答えずにシチューをもう一口食べる。うん、美味い。
 ケーキを切り分けてくれたのも潤だった。潤はサンタの砂糖菓子を欲しがって、けれど期待した味とはちょっと違っていたらしくしきりに首を傾げていた。こんな些細なことすらきっと初めてだったのだろう。見ていれば分かる。ブッシュドノエルというのは実は俺も名前を知っていただけで、食べるのは初めてだった。これ要するにチョコレート味のロールケーキだよな? まともなケーキ屋でケーキを買って食べるなんていつぶりだろう。やっぱりコンビニのものとはちょっと違う。特別って感じがする。
「ね、クリームついてるよ」
 ふと声をかけられて、え、どこだ、と指先で探る前に潤が身を乗り出してくる。ちゅ、と音がした。「……ごめんね、うそ」はにかむような笑顔が目の前にある。……こいつこんな可愛くて何がしたいんだろうな? クリスマスだから、自然といつもより雰囲気も甘くなるのかもしれない。
 思っていたよりもたくさん食べてしまって、腹をさすりながらこの後の予定について考える。プレゼントは会社用の鞄の中に潜ませてあるのだ。このタイミングで渡してしまおうか。
 ……いや、待てよ?
「孝成さん孝成さん」
「ん、どした?」
「えっと……おれ、クリスマスプレゼント用意したんだ。受け取ってくれる?」
「くれるのか? もちろん俺もちゃんと用意してあるぜ。持ってくるから待っててくれ」
 潤の髪を撫でてから鞄のところへ行って、ちょっとした細工をする。大人しく待っていた潤に背後からこっそり近づいて、ふわりとそれを巻いた。
「わっ! 孝成さん……これ」
「メリークリスマス。ベタで悪いけど、結構使い勝手いいデザイン選んだつもり」
 潤に巻いたのはマフラーだった。似合うと思ったから赤色にした。赤地に白と黒のチェックが入ってるやつ。ちょっと女っぽく見えてしまうかなと心配していたけれど、よく似合っている。
 潤はマフラーに顔をうずめて、突然噴き出した。
「うおっ、どうしたどうした、なんか変だったか?」
「ううん違うよ、ごめん、そうじゃなくて」
 おれのプレゼントも見て、と言われる。ラッピングを解いてみると、出てきたのは――。
「――はは、マフラーじゃん。一緒だな」
「被っちゃったね。あ、でもひざ掛けもあるよ? 会社で使ってね」
 濃い灰色のマフラーと、ベージュのひざ掛け。なめらかな手触りで柔らかい。保温性も高そうだ。
「ほんとは手編みしようかと思ったんだけどー……全然間に合わなかった、というか上手にできなくて」
「はは、来年とか再来年とかに期待しとく」
「え、待っててくれるの!? 自分で言っといてなんだけど手編みって重くない……?」
「なんでだよ。お前が作ってくれるものだろ。嬉しいに決まってる」
 マフラーが二枚あってもいいだろ。お前が俺のこと考えてくれてるってだけで嬉しいよ。
 あと、プレゼントのチョイスが被ったの、以心伝心っぽくてちょっといいな。
 俺もなんだかんだ年甲斐もなくはしゃいでしまって、室内で暖房がついていておまけにこたつに入っているというのに、その後は風呂に入るまでずっと二人でマフラーを巻いていた。「楽しいねえ、クリスマスって楽しい!」と潤が笑ってくれたのが嬉しくてまたはしゃいだ。風呂からあがった潤ははしゃぎ疲れたのか既に眠そうで、ベッドに連れて行ってやるとやがて幸せそうな表情で眠りについた。
「孝成さん、ありがとー……」
 潤が寝落ちする直前、舌っ足らずな口調でとろけた瞳でそう言ってくれた潤を腕の中に閉じ込める。穏やかな呼吸音が聞こえてきたのを合図に、俺はこっそりとベッドを抜け出した。
 クリスマスはまだ終わってないぜ。


 そして、翌朝。
「孝成さん!」
 ぱたぱたと軽い足音と共に潤の声が追いかけてくる。どうした? と聞いてみると潤は、ずいっと袋をこちらに突き出してくる。
「枕元にこれがあったの、ねえ、これ孝成さんだよね?」
 袋の中身は帽子だ。冬になると耳が寒いと潤が言っていたのを覚えていたから、耳まで隠れるあったかい帽子もマフラーと一緒に買った。昨日はマフラーだけ取り出して元通りにリボンを結んでおいたんだけど、こんな面倒なことをしたのには理由がある。
「……さあ? お前が毎日頑張ってるから、サンタクロースがきてくれたんじゃねえの?」
 もしかして潤は、サンタクロースにプレゼントを貰ったことが無いんじゃないのか、とふと思ったのだ。俺がまだ小さい頃、家族でケーキを食べた翌日の枕元にプレゼントを見つけたときの嬉しい気持ちはまだ覚えている。だから、潤にもそれを分けてやりたいと思った。
 ちょっとしたイタズラのつもりだった。俺がやったなんてばればれだろうし、それでもよかった。潤がこれを見つけたとき、ちょっとでも心躍る気持ちになってくれたなら満足だった。
 けれど潤は俺の言葉を聞いてみるみるうちに瞳を潤ませると、想像以上の勢いで俺に飛びついてくる。
「ぅおっ!? っとと、潤」
「――おれ、の、おれのところに、サンタさんきてくれたの、初めて……」
 いい子じゃないからきてもらえないんだって、小さい頃はずっと思ってた。潤はそう言った。俺は瞬時に後悔する。サンタクロースからのプレゼントなんて、用意できる家庭環境ではなかったのだ、こいつは。傷つけてしまったかもしれない。謝ろうとして開いた唇は、けれど潤に塞がれた。
「……っ、潤」
「孝成さんは、おれのサンタさんにもなってくれるんだね」
「え、いや、その」
「ありがとう……クリスマスって、こんなに楽しいんだ。知らなかった。教えてくれてありがとう……」
 不覚にも泣きそうになった。俺は、お前にちゃんと『楽しい』をプレゼントできたのか? 喜んでくれてる?
 お前、今、ちゃんと幸せだよな?
 わざわざ口に出して確かめたりはしない。それを聞いてしまうのは男の沽券にかかわるからな。俺はただ潤をぎゅっと抱きしめて、そいつが落ち着くまでずっと頭を撫でてやることで質問の代わりにした。潤が俺に体重を預けてくれることが答えだと思うことにしよう。
「ねえ、孝成さんのとこにサンタさんが来ないのは不公平だよね? 孝成さんは毎日お仕事頑張ってるもん」
「ん? なんだよ、今度はお前がサンタクロースになんのか?」
 やがて落ち着いたらしい潤がそんなことを言ってきたので、からかい半分にそう口にする。と、潤は予想よりはるかにすごいことを言う。
「うん。プレゼントは、おれだよ。……うれしい?」
 ベタで悪いけど、と俺の昨夜の口調を真似するように歌う潤は笑顔だった。どうする? と首を傾げられる。
「……めちゃくちゃ嬉しい」
「なんか言わせたみたいになっちゃった」
「ばっ、んなことねえっつの! 嬉しいに決まってんだろ!」
「見てれば分かるから大丈夫だよー、へへ、おれもうれしい……」
 え、俺もしかして必死すぎ? すりすりと猫のように頬をすり寄せてくる潤はえらくご機嫌だ。まだちょっと瞳は潤んでいるけれど、笑っている。
「あーもう……覚悟しとけよ、色々」
「わ、こわぁい。おれ何されちゃうんだろ」
「とりあえずお前が想像してる以上のことはしてやるからな」
「孝成さんなら大歓迎だよ」
 笑顔のまま言い切られて若干悔しい。でも、やっぱり幸せだった。
 たぶん、サンタクロースからのプレゼントも毎年恒例になるんだろうな……と確信に近い予感を抱きつつ、俺は潤の目尻にキスをした。
 まだまだ、クリスマスは終わりそうにない。

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