羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 目の前にあったからだ。
 片付けなんて滅多にしない先輩が珍しいことに、休日の朝から何やら棚の上の方へと手をのばしてガサゴソしていて。
 その日は晩秋には珍しい暖かな気候で、先輩がいつもより薄着のワイシャツ一枚だった。
 ちょうどおれの手の届く位置に脇腹があったから、出来心でつついてみただけだったのに。

 人差し指をうずめた瞬間、ぴくり、と先輩の肩が跳ねた。脱色した長めの前髪が揺れる。
「あ、あれ? 先輩?」
「……な、何やってんだお前」
「え? 脇腹つついてみただけですよ」
 もう一度触れようとしたら逃げられてしまって、もしかしたら、と聞いてみる。
「……もしかしてくすぐったいんですか?」
「…………」
 無言。
 手を伸ばしたら腕を掴まれた。
「おい、やめろ」
「え、もしかしてほんとにくすぐったいんですか? 今のくらいで?」
「……そ、そういう訳じゃ」
「だったらいいじゃないですか」
「ばっ……やめろっつってんだろ」
「先輩はそんなこと言って昨日も先に寝たよね……おれ、先輩といちゃいちゃするの楽しみにしてたのに……」
 何故だか可哀相なものを見る目をされた。手が自由になる。なんだかんだで優しい、というかおれには弱いひとなのだ、この人は。他校の不良に絡まれてたところを助けてもらって(というかそもそも先輩の喧嘩におれが巻き込まれたのだ)一目惚れして、必死で口説き落としたおれの恋人。

 つつ、と指を這わせると、先輩はやっぱり少しだけ体をよじった。敏感肌には弱酸性、というキャッチフレーズが浮かぶ。
「……かわいい」
「何がだテメェ馬鹿にしてんのか」
「違いますよ。……えいっ」
「ひ、っ」
 思わず、といった声に驚く。ちょっとつついただけなのに。
 先輩は口元を手で覆って何も言わない。少しだけ、耳が赤いような気がするのだけれど。赤いピアスとの対比がそそる。
「……せーんーぱい」
「…………っ」
 抱きつく。お腹に頭を押しあててぐりぐりすると、薄い腹筋が震えた。かわいい。
「っん、……く」
「別に恥ずかしいことじゃないでしょ。誰にだって苦手なことありますって」
「…………くそ、初めてバレたっつの……あんまべたべた触るんじゃねえよ」
「まさか先輩がくすぐりに弱いなんて驚きです」
「あっそ……」
「……。先輩、ちょっとくすぐってみていい?」
「お前俺の話聞いてたか? 触るなっつってんだろ」
 ぺちんっ、と伸ばした手をはたかれる。うーん、ガードが堅い。目つきは悪いし口は悪いし素行も悪いし、さすが学校で不良として怖がられているだけある。実態は、めちゃくちゃかわいい人だけど。
「どこが一番くすぐったいんですか?」
「そんなん考えたことねえっつの……脇腹とか足の裏とか? じゃねえ?」
「あらかわいい」
「馬鹿にしてんのか……っひ」
 抱き着くついでに脇腹に手を這わせると唇が震えて、すぐにそれは噛まれる。声をあげたくないのだろうな、と思いながら、
「でも人間だから無理なんですよねえ」
「ぁ!? っふ、ぁはははははやめ、やぁあははははっ!」
 笑い声がこぼれ落ちてきた。おれがかわいいって言ったのは、脇腹と足の裏が弱いってとこにじゃなくて、それをおれに深く考えずバラしちゃうとこにだ。控え目に言ってアホだよね、先輩って。
 爪先で脇腹をコリコリする。ぶっちゃけここは誰でも堪えられないよね。おれも無理だし。
「ふゃぁっぁあははははっははッは、はぅ、くひぅっ」
 普段はぶすっと不機嫌そうな顔をしていることの多い先輩が、声をあげて笑っているのはかなりレアだ。
 脇腹へのくすぐりに早々に堪えられなくなったのか、バランスを崩した先輩をベッドに押し倒す。よし、これでいちゃいちゃできる!
 骨のかたちを確かめるように揉むと先輩の足がじたばたと暴れるので、仕方なく仰向けにしてふとももの上に座った。体の位置が固定される。
「ぁはっははははぅぅんっゃぁあははは! やめっやめっ……」
 若干涙目になりかけているのがいい。というかちょっと興奮してきた。先輩エロいよ。

「はー、っはー、は、もう、っふふふ、ゃっはははっぁうっ……」
 笑いまじりの悲鳴がいつもよりハイトーンなのを、ああ、くるしいんだろうなあとか思いながら脳内で録画。びくっびくっと小刻みに震えるなだらかで薄い腹筋を揉む。ぐにぐにする。楽しい。
「ぁ、ふ、っくくく」
「きもちいいですか?」
「は、なにいって……くひッ!? ぁはははっも、やめ、ゃぁあはははっ! やっちょっまってまってぇぇはははっ」
 惜しむらくはこの体勢だと足の裏をくすぐれないことだろうか。テメェ絶対に後で殴る、とか聞こえる気がするがスルーだ。おれの昨日の落胆を慰めてもらわないと。
「先輩細いからくすぐりやすいです」
「ふぁあはははっく、くるしっ、くぅうあははははっやっめ……!」
 息ができていなさそうなので、少し休憩。呼吸が落ち着いてきたらくすぐり再開。これを繰り返していると疲労の蓄積が凄まじいのか先輩の体がぐったりしてくる。
「んゃぁあはははっはは、は、っはぅ、も、腹筋攣るっやめぇひひひッ」
「そーいうのは攣ってから言ってくださいねー」
「あははははっははっはぅうんっぁあははははは! やっ……こしょこしょしにゃいれぇはははっんゃあははは!」
 脇腹を撫であげたり臍をくりくりしたり、思う存分遊んでみる。魔がさして胸の辺りをくすぐってみると半分喘ぎ声みたいな笑いがこぼれてきた。
「んぁ……っは、ん、そこは、っく、ふふ」
「くすぐったくて気持ちいいでしょ?」
「ぁ、っく、ひひ、やめ、っ」
「素直にしててくれないと意地悪しちゃいますよ」
 骨の隙間を確かめるように肋を指でぐりぐり。途端にその細い体がしなる。
「っぁ、はっぁはははやめっひぁあはははくっ、くるしっ、くぅぁははははッ」
「なかなか慣れないんですね。耐性つくかと思ったけど寧ろ逆効果かも」
「もっ、いき、くるし、ひぁっぁあはははまってそれまってぇえひひひっ」
 息も絶え絶えで顔を真っ赤にしている先輩。うーん、正直なところ、そろそろキス以上にも進みたかったのだけれど、これは余計に欲求不満になりそうだ。先輩、抱かれるのは断固拒否するくせにエロすぎなんだよなあ。
 抵抗する力も殆どなくなったようなので、腕を頭上でまとめて制服のネクタイで拘束する。このくらいは我慢を重ねている自分へのご褒美としていいんじゃないだろうか。
「っひ、なにす、」
 不安そうな顔、いい。おれが手を伸ばすのは勿論脇の下だ。
「いっぱいこしょこしょしてあげますからねー」
「い、いらねぇ……! っひゃあぁっあはははははッはんぅう……ゃめっひっぃひゃぁははは!」
 脇の下も充分敏感みたいで、ネクタイとベッドがギシギシ音をたてる。体を反射的に揺らすくらいしかできなくなっているらしい。
「はぁんっふふふゃっく、ぃひあッはははははまっひぇもうむりっはははは!」
「ぐりぐりー」
「っっ〜〜〜〜! は、はひっぁあははははっぁああぁん」
「先輩気持ちよさそう……」
 ひくひくと震える体は、指を軽く這わせただけで強張る。
「は、んゃ、むり、も、っふぁ、んんぅ……」
 もしかしてくすぐり続けたら本当に気持ちよくなってくるのかもしれない。なんだか擬似的に先輩を犯しているみたいで、どきどきする。
 擦れて少しだけ赤くなった手首を指でなぞると、先輩はそれすら堪えられないのか小さく鳴いた。
 胸に手を滑らせる。本当に僅かばかりその存在が主張し始めた辺りで、爪を小さな出っ張りにひっかけた。
「んぁ……っ」
「可愛い」
 爪でぷくりとした乳首を弾く。次第にはっきりした手触りを伝えてくるようになったそれを、シャツ越しに飽きることもなく弄る。優しく撫でると先輩はたまらなそうに悶えた。
「ひぁ……や、ぁうっ」
「気持ちいいですか」
「んゃぁあぁは、はぅ、んん、っやめ……ぁ、あッ」
「先輩」
 呼びかけると熱っぽい瞳で見つめられる。
「気持ちよくないですか?」
「んっ、ふぁ……っひ!? や、ちょ、待っ……」
「気持ちいいでしょ?」
「は、んぅ、んん、っ……く、ふっぁう、……わ、わか、なぃ、っんゃ」
「おれはちゃんと分かってますから大丈夫ですよー」
 熱にうかされたような蕩けた瞳を見ればすぐ分かる。笑い声っていうか、もはや喘ぎ声だし。
「は……ぁ、んん、っ」
「んー、勿体ない。今まで気付かなかったなんて」
 先輩がこんなにくすぐりに弱いとは。ああ、録画しておきたかった。今更だけど。
 流石に可哀相になってきたのでネクタイを外す。くたっとしている先輩は、顔にかかる髪もそのままにようやく息をついた。このくらいが限度だろう。

「っは、んぅ、も、むり、いっしょうぶん、わらった、はぅ……」
「耐性つきましたかねー?」
「つくわけ、ねーだろ……はぁ、腹いたい……」
「さすってあげよっか」
「ひっ! ゃ、やめろっ」
 あまりに激しい拒絶に少し傷つく。やりすぎてしまった。でも、どうしよう。めちゃくちゃ楽しかったんだよなあ……。
「冗談ですよ。まだくすぐったい?」
「……なんかむずむずする」
「くすぐりって癖になるらしいですし、先輩も危ないかもしれませんね」
「!?」
「いつでもおれがくすぐってあげますよ!」
「いらねえよ!」
 ずざざ、と距離をとられて更に傷ついた。冗談だってば。
「んー……」
「どうしました?」
 唸っている先輩に尋ねると「ぞわぞわすんのが治んねえ……」なんて返ってくる。
「暫くは我慢するしかないですねえ」
「お前、こういうのくすぐったいか?」
「おれですか? 人並みですかね。少なくとも先輩よりはマシですよ」
 おれの返答が不満だったのか、先輩は口を尖らせ(大方、仕返しでもたくらんでいたのだろう)つまらなそうに「……ふん。ばーかばーか」と言った。
「またくすぐられたいの?」
「!? っゃ、やめろっ」
「そこまで過剰反応しなくてもいいじゃないですか……」
「ばっ……あのなあ! ほんとに苦しかったんだぞ……」
「気持ちよさそうにしてましたけどね」
 すごい目つきで睨まれた。涙目なので全然怖くない。
「先輩かわいい」
「っ……うっせ」
「ああもう、拗ねないでくださいよ」
 頬や首筋、髪を犬に対してするみたいに撫でると「んぅっちょ、やめろ撫でんな……ッ」と首を竦められる。
「はぁ……かわいい……」
「髪の毛が首にあたって気色悪いんだよ……マジでやめろ」
「何をそんな今更。襟足長いんだからそりゃ首には当たるでしょ」
「ん、く、……なんか、一回意識しちまうと気になって……」
「わわ、首筋のとこ鳥肌たってる」
 触りたいけど今やったらそろそろ殴られそうなので我慢。
 先輩はそんなおれの葛藤には気付かないようで、しきりに毛先をつまんで見ている。
「んー……邪魔だしいっそ切るかな」
「髪の短い先輩ですか、レアですねえ」
「お前はどう思う? もうちょい髪短い方がいいか?」
「俺は、先輩だったらどんな髪型でも好きですよ。短いのも似合うと思いますし」
「……。そりゃどーも……」
 ふいっと目を逸らされて、無言。
 耳が赤い。
「……先輩、もしかして照れてる?」
「!? なっ、照れてなんかいねえよばーか!」
「真っ赤ですけど?」
「…………っ」
「くすぐったがりな先輩も大好きですよー」
「う、る、っせんだよ、ばか……」
 ついに「ばか」しか言えなくなったあまりにもボキャブラリーに乏しい先輩。ばかわいい。
 こうやって、おれにしか見せない表情をたくさんしてくれる。特別なんだ、って嬉しくなる。今日はくすぐりという弱点も分かったし豊作だ。
 次にくすぐるのは足の裏かなぁなんて怒られそうなことを考えながら、おれは先輩の機嫌をどうやって回復させようかと頭を悩ませるのだった。

 ごめん先輩、くすぐり、おれが癖になっちゃったかも。

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