羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 前向きに頑張ろう……とは言っても俺はやっぱりちょっとしたことですぐ不安になってしまうし、自分を素直に応援できなくなってしまう。でも、そのたびに由良が怒って軌道修正してくれるから、俺はまた頑張ろうって思える。これから、だんだん怒られる回数が減っていけばいいなと思う。由良にここまでしてもらって、しあわせじゃないなんて間違っても言えないから。
「なあ、みんなに報告しようぜ」
 由良はもうすっかりいつも通りになっていて、スマホを操作しつつそんな風に言う。
「心配かけちまっただろ。黙ってても解決したか分かんねーし」
「そうだね……というか、由良はそれでいいの?」
「はあ? いいよ別に。俺隠し事できねーんだわ。寧ろ大牙とか『これで遊び歩かなくなる』って喜びそうじゃね?」
「いやそれは……ちょっと分からないかな……」
 城里くんの話題に応えるのはまだちょっと気まずい。なんて言われるかな、ってやっぱり気になってしまう。ゆうくんも万里くんも、あの場にいなかった城里くんに対して色々言いふらすようなタイプではないだろうからきっとまだ城里くんは何も知らない。大丈夫かなと思ったけれど、今の俺はとてもしあわせで色々強気になっているので、なんとかなるんじゃないか、と楽観視してみる。
 そして俺はふと、由良が何の気なしに言ったのであろうことがひっかかった。
「ねえ、『遊び歩かなくなる』って」
「ん? だってお前がいるじゃん。お前がしたいのって、気が向いたときにセックスとかじゃなくてもっとこう、一緒にいたりとか抱き締めたりとかそういう恋人っぽいやつだろ?」
「そ、そうかな? うん、そうかも」
 あまりに直球でどきどきしてしまった。確かに、由良にはいっぱい触りたいって思う。
「セフレじゃなくて恋人ってことだろ。お前は俺が女と会ったりすんの嫌みたいだし。まあ、俺なりに真剣にお前と付き合おうとしてんだってこと」
「由良は平気なの? 遊べなくなっちゃうよ」
「いや、マジの恋人がいるのにその他とセックスしてたらそれは遊びじゃなくて浮気っつーんだぞ……?」
 俺の恋心は思ったよりもずっと丁寧に扱われていて、そのことに泣きそうになった。由良はよく女の子と遊んでいるわりに、ちゃんと付き合うとなったら一人に絞るタイプだったらしい。失礼を承知で「そういうのあんまり気にしないのかと思ってた」と言うと、「兄貴がそういうの嫌いなんだよね」と返ってくる。
 由良曰くあのお兄さんも昔は由良よりめちゃくちゃな遊び方をしていたみたいだけれど、ちゃんと自分の中に許せる基準というものがしっかり存在しているらしい。由良って、割とお兄さんの影響たくさん受けてるよね。兄弟仲よくていいなあ。俺もそんな風になりたいな。
「なんか、思ったより普通に恋人扱いしてくれるのが恥ずかしい」
「イヤ?」
「うれしいよ」
「ならいーじゃん」
 すきなひとが俺のために色々考えてくれて、自分の正直な気持ちを伝えても嫌われたりしなくて、俺はなんてしあわせなんだろう。
 由良が「こんなもんでいいかな」としたためたメールの画面を見せてくる。色々端折りすぎているとは思ったけれど、まあゆうくん辺りがうまいこと説明してくれるかな。
「……なあ、清水。兄貴に言うのはもうちょい後でもいい?」
「え、あ。全然そんな、いいよ。別に言わなくても」
「んー……」
 俺も家族にはまだ言えそうにない。あ、でも、弟には「ふられてなかったよ」ってだけ伝えようかな。話聞いてもらったし。そんなことを考えつつ、由良の指先がメールをタップして送信するのをそっと見届けた。
 メールを送って最初に反応がきたのは城里くんだった。反応っていうか、電話がかかってきた。『暁人!? お前悪ふざけに宏隆巻き込んでるだけなら怒るからな!』あれっ、なんか想像してたのと違う。冗談だと思われるか引かれるかのパターンは考えてたけど、こんな風に怒るパターンもあったのか。由良は、「無駄にうるせーなお前!」とスマホに向かって叫び返している。
「城里くん」
『あっ宏隆いるの!?』
「いるよ。あのね、俺が由良にすきって言ったんだ。由良は悪くないから、怒らないでね」
 由良からスマホを貰って喋ると、城里くんは一瞬の沈黙の後に『なーんだマジだったんだ! ならいいんだよ、というか宏隆も全然悪くないよー!』と朗らかな声で返事をしてくる。えっちょっと待って、これも予想外だ。みんな懐が深すぎるんじゃないかな。俺が言うのもなんだけど、混乱とかしないんだろうか。
『……俺、ほんとは宏隆ともっと喋ってみたかったんだ』
 突然、電話口の向こうの城里くんにそんなことを言われて驚く。
「え、ど、どうして?」
『んー、暁人は勿論だけど、他の二人と比べても俺らってなんかちょっと壁があるなーと思ってて。もしかしてそれ、今回のことと関係あった?』
「無い、とはいえないかも……」
 俺はずっと城里くんがうらやましかったのだ。いや、正直今もちょっとだけ思ってるけど。城里くんが、俺のそういうもやもやを感じ取っていたのだとしたら申し訳なく思う。でも、こう言ってくれるってことは許してくれるんだろうか?
『宏隆と喋りたいことたくさん増えたよ。暁人とのこと、教えてくれてありがとう』
「いや、こちらこそ……ありがとう」
 なんだか恥ずかしくなっていると、しびれを切らしたらしい由良が「お前らなに二人で盛り上がってんの!? っつーか清水! それ俺のスマホ!」と服を引っ張ってくる。あああ、無視してたわけじゃないんだけどな。
 城里くんは、最後に『暁人もこれで遊び歩かなくなるかもね。よかった』と言って通話を切った。……幼馴染ってすごい。
「な、俺の言った通りだったろ?」
「うん……すごいね、なんでも分かっちゃうんだ」
「いや、流石になんでもは無理だろ。あいつ最近茅ヶ崎といることのが多いしなー」
 由良はスマホをいじりながら言う。ふとその表情が優しげに緩んだのでどうしたのか聞いてみると、「茅ヶ崎と万里からも返事きた。みんなお前のこと心配してる」と事もなげに言われる。
「いい奴らだよな、ほんと」
 その一言に全てが詰まっている気がして、俺はただ必死に頷くことしかできなかった。
 次に会ったらまず何から話そうか。
 心配かけてごめんねって言って、突然こんなことしちゃってごめんねって言って、……いや、最初はやっぱりありがとうって言いたい、かな。
 しあわせいっぱいな俺は由良の肩に頭を預ける。「なに、甘えてんの?」そうだよと言う代わりに目を閉じて、隣にある体温にひたすら感動を覚えたり、したのだった。

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