羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 開口一番失礼な台詞を吐いてきたのは、驚いたことにクラスメイトだった。白川幸助、っていったっけ、確か。殆ど話したことがないからどういう奴なのかはあまり分からない。真面目で勉強できて俺とは全然違うタイプ、としか。表情があまり変化しない、物静かな奴だっただろうか。ただ、道着に竹刀という出で立ちなので剣道部なのだろうな、ということだけは理解できた。
「偶然だよ、偶然。他人の修羅場覗き見するほど悪趣味じゃねえし」
「そっ、か。ごめん、感じ悪い言い方したよな、俺」
 すぐに謝ってくるところはいいな。きっちりしているというか、本当に真面目。頬が片側だけ赤くなっていて、あー、ひっぱたかれたのか、なんて思う。堅物そうだし女のあしらい方とか、分かんねえんだろうなあ。怒らせて破局か。可哀想に。
「あーあ、ダッセェな。女怒らせてフラれてんのかよ」
 もっとうまくやれるだろ、という気持ちを込めて言う。すると無言になられてしまった。うん? どうしたんだ。
「……まあ、朝倉みたいにはやれないよ」
「んだよいちいち厭味な野郎だな。確かに俺はお前みたいに真面目じゃねえよ」
「真面目じゃないっていうか、モテるよなって。いつも女子が周りにいるし」
「……? まあ、俺、あいつら好きだし……」
 柔らかいし可愛いし懐いてくるし、嫌いにはならねえだろ。どうしてそんなことを言うんだろう。さっきの女にフラれたのがショックだったのか? 初めての彼女だったりしたのか? ますます憐れ。冗談でつい「女あしらい見るからに下手そうだもんなお前」と言ってしまう。
「俺がダメ出ししてやろうか? ま、お前の女の扱いなんざダメだらけだろうけど」
 女が一人だけって訳じゃないし頑張れよ、とそいつの横を通り抜けようとしながら、ちょっと言い方を間違えたな、と思った。一部分だけ切り取ってダメだらけって、失礼だよなあ。慣れてなさそうだから頑張れってくらいのつもりで言ったんだけど。俺の周りに言い方がきついというか、口の悪い奴が多いのでついそうなってしまう。
 そんな後悔をしていたから、腕を掴まれたのについ反応が遅れた。
「ああ、じゃあ頼む」
「……あ?」
 端的な返事に立ち止まる。振り返って、そいつの何を考えているのか分からない無表情を見た。
「何言ってんだ、お前」
 問う。まさかとは思うが、俺の予想通りだとしたら、こいつは随分とトチ狂ったことを言っている。
「だから、頼む、って。教えてくれるんだろ、女の上手い扱い方。違うのか?」
「……本気で言ってんのか? お前、馬鹿?」
 そんな、教えるなんて冗談に決まってるだろう。誰がそんなもの教えるか。どんだけ暇人なんだ俺は。そう続けようとしたのに、そいつは真顔で「前言撤回するのか。やっぱり自分にはできないと思ったのか?」なんてほざいてきた。カチンとくる。いけない、と思うのに、喧嘩っ早い性格が災いして口からは売り言葉に買い言葉が溢れだす。
「誰に何ができねえって? うっぜえな、テメェと一緒にすんじゃねえよ」
「じゃあ引き受けてくれるんだな」
「え、いや、それは」
「ありがとう。助かる」
 勝手に話を進めるんじゃねえ! と怒鳴りかけたが、その前に頭を下げられてしまってたじろぐ。いや、こいつ、ちょっと必死すぎねえ? そんなに振られたのがショックだったのか? そこまで?
 少しだけ、本当にほんの少しだけ可哀想になって、「ちょっとだけなら……まあ……」なんて言ってしまう。
「……朝倉って、高価な壺とか買わされそうだな」
「は? どういう意味だよ」
「優しくてちょっと馬鹿って意味」
 こいつ人を怒らせる天才なんじゃねえの。そう思って何かしら言い返してやろうと口を開いたのに、「少しの間世話になるよ。ありがとう」とまた言葉を遮られた。……こいつと会話してると言いたいことが半分も言えねえ……。
「……っつーかお前、具体的になんか考えてんの?」
「ん? 何が」
「俺は何すりゃいいわけ? まさか授業形式とか言わねえだろ」
「あー、いや、まさか」
 白川が何を考えているのか、表情からはまったく読み取れない。俺は正直、こういう奴が少しだけ苦手だ。どういう言葉を投げかけても反応が分かりづらい。嫌がっているのか喜んでいるのか分からない。それは、困る。その上こいつはあまり沢山喋ったりするタイプでもないから尚更何を思っているのか分からない。そんな白川は、やっぱり俺には理解できない思考回路で何某かの結論に達したのか至って真面目な口調で言った。
「俺がお前のことを彼女みたいに扱えば、お前がその場で適時駄目出しできるだろ」
 こいつ成績はいいけど実は馬鹿だろ。
 あまりにも驚きすぎて何も言えない。なんだこいつ。なんだこいつ……。
「まあ、最低限人前ではやらないから安心してくれ」
「安心も納得もできねえんだけど」
「じゃあ代替案を持って来いよ。人の案を却下するなら代わりを用意するのが基本だぞ」
 さっそく言い負かされた。なんで頼み事をしてくる方がこんなに偉そうなんだ。でも、確かに白川の意見はもっともだった。頭ごなしに否定しているだけではこいつもいい気分はしないだろう。だからといって俺に代わりの案が出せるかというと、ぱっと思いつかない。そもそも女の扱い方なんて机の上でお勉強して上手くいくようなもんでもねえしな。実践あるのみだから、こいつの言うことは理にかなっている。俺の性別を除けば。
「まあ、嫌になったら言ってくれよ。俺一人にかかずらうほど暇じゃないってのは分かるから」
「え、あ、おう……」
 やばい、「かかずらう」の意味が分からない。日常会話であまり難しい単語を使わないでほしい。それに気を取られて曖昧な返事をしてしまった。白川は何か言いたげな顔をしたものの、「じゃあまた」と言って踵を返そうとする。

「あ、おい」
「ん?」
 始終白川のペースに嵌められてしまったのが悔しくて意味もなく呼び止めた。怪訝そうな顔に、何か言わなければと思い咄嗟に出たのはひとつのアドバイス。
「……まずな、表情がカタいんだよ。なんなんだよその仏頂面。そんなシケたツラ見て誰が喜ぶんだ?」
 それまでの意趣返しのように指摘する。俺の傍にくる女どもはみんな、にこにことしていてよくもまあそんなに笑顔が続くものだなと思うくらいだ。勿論、見ていて悪い気分ではない。誰だってぶすっとされているよりは笑っていてくれる方がいいだろうと思う。俺も、同じように笑顔を返してやろうと思える。そんな風に考えてのアドバイスだったが、白川はあろうことか仏頂面の眉根を寄せて余計に表情を硬くした。
「……お前はさっきからずっと、眉間に皺を寄せてるくせに?」
「バッカ、なんでテメェに愛想振りまかなきゃなんねえんだっつーの! 気持ち悪いんだよ、テメェ改善する気あんのか?」
 何故だかとても不満気な顔をしているそいつの足を軽く蹴る。男にわざわざ笑顔をつくってやるなんて勿体ないだろ、その分女に回すわ。
 人のアドバイスは有難く聞けよと言ってやると白川はそれもそうかなんて言いたげに頷く。おい、随分素直だな。
「早速のアドバイス痛み入るよ。明日をお楽しみに」
「楽しめねえよ……」
 ひらひらと手を振って、だるそうに歩いていく白川。明日、何かやらかすつもりか、あいつ。
 今更何をどうしようもないので、時の流れに身を任せることにする。余計な口出しをしなければよかったと思うが後の祭りだ。途中で放り出したと思われるのも癪だし、少しは面倒をみてやることにしよう。
「……そういや、あいつとこんなに喋ったの初めてかも」
 個人的に少しだけ苦手ではあったが、成績がいいことは前から知っていたし、何にでも真剣な姿勢はいいなと思っていた。クラスの奴らも適当にしか参加していない話し合いとか、ちゃんと意見を出して参加してたし。俺の周りにはいないタイプ。
 っつーか、よく考えたら去年から同じクラスだったのに全然接点無かったんだな、俺たち。話せたこと自体は喜ばしいことなはずなのに内容がよろしくない。
 それでも、何がきっかけにせよこれであいつと喋れるようになればいいかもな、なんて。今日一日で去年一年分を超えるくらいに会話したかもしれないクラスメイトについて思案しつつ、俺はそっと溜息をついた。

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