羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 高校に入ってからできた友達は、言っちゃあなんだがかなり変な奴だった。偶然校内で出くわしたとき、今にも殴られそうになっているのにどこか上の空って感じで、一瞬だけ不愉快そうに細められた瞳のその目つきの悪さに、少しだけ意外に思ったことを覚えている。おっかない顔するんだな、と思った。違うクラスだけど俺の幼馴染とよく一緒にいるところを見かけていたから、いかにも争いごとは嫌いですって感じの穏やかそうな奴だと思っていたのに。
 二人きりになったときに困ったような顔で笑ったそいつは、数分前に見た表情が見間違いかと思うくらい柔和で無害そうな印象に戻っていたんだけど。
 そうだ、あまりにも印象が違っていたから面白そうで声をかけた。たぶんあいつ、結構喧嘩できる方なんじゃないかなと思う。いや、もちろんそんな、積極的に人を殴ったりするようなタイプでは絶対にないが、それはそれとしてあいつはきっと「勝てる」奴だ。合気道を昔からやっているという話を後から聞いて、やっぱり、と思った。武道をガチでやってる奴ってマジでやばいんだよな。あいつ真面目だし、かなり色々仕込まれているんだろう。
 そうなるとあいつがなんで俺のことを怖がっていたのかまったく意味が分からなかったが、どうやら単純に派手でちゃらちゃらした見た目が怖くて近寄りがたかっただけらしい。お前はCDを怖がるカラスかよ。とんだ肩透かしだった。
 万里は考え方に芯がある。真面目そうなくせに俺が煙草を吸うことも酒を飲むことも咎めない。けど自分は絶対にそういうことをしない。自分と他人との境界線がきっちりしていて付き合いやすい奴だと思った。前に、そのことについて少し話したことがある。あいつは、「おれを薄情なやつだと思うか? 友達なら多少煩がられても止めるべきだ、って」と笑って言った。
「いや全然。寧ろそういうとこ楽でいいわ」
「あはは、ありがとう。……自分の行動の責任を他人に求めるべきではないよね」
「んー? お前難しいこと言うね。バカにも分かるよーに説明してくんね?」
「ばかっておまえな……ええと、最終的に決めるのは本人だってこと。おれは自分の行動には自分で責任を持ちたい。けれど、……やっぱり、体に悪いから。おまえのことは心配だよ。これはおれの感情。おまえの行動を縛るものじゃない」
 と、まあ、長々喋ってもらったのにやっぱり俺にはよく分からなかったけれど、なるほど心配してくれているのか、ということは伝わったのでその心配だけ有難く受け取っておいた。他人のせいにするな、ってことだろうか。例えば俺が禁煙するとして、それでイライラしたときに「お前がやめろって言ったんだろ」とか大牙に八つ当たりするのは最悪だって話? ちょっと違う?
 自分のせいで誰かが何かを強いられることが嫌だ、ともあいつは言った。そっちは分かりやすい。でもまあ、人間なんて多かれ少なかれ誰かに何か強いられてるよ。それが嫌じゃない相手に出会えたら最高なんじゃね? きっと。


 その日、剣道部の夏の大会が昨日終わったとかで久々に大牙と飯を食うことになった。夏は女のガードが緩くなるから面白いくらい入れ食いでつい渡り鳥みたいに遊んでいたのだが、夏休みもあと数日を残すのみだしそろそろ落ち着きを取り戻してもいい頃合だ。
 さあどこで食おうかと思いながら大牙と連れ立って学校の裏門の前を通ると、見知った顔を見かけたので俺は声をあげた。
「万里」
「あれ、暁人。大牙も。部活、今日は休みじゃなかったっけ」
 弓道部の練習の帰りなのだろう、いつものように姿勢よく歩く万里は不思議そうにしているけれど、学校から徒歩五分足らずだから特に学校に用が無くても生活圏内に入ってしまうというだけだ。なんなら一日で片手の指じゃ足りないくらい学校の前を通ることすらある。
 そんな風に大牙が説明しているのを俺は横で適当に聞き流していたのだが、ふと思い立って「お前、飯まだなら一緒に食う?」と聞いてみる。ちょうど初めてまともに言葉を交わしたあの日と似たようなシチュエーションで、突然のことだったからダメ元だったのに万里は「いいのか? じゃあお邪魔しようかな」と笑って応えた。予想外で少し驚く。
 大牙も同じだったようで、「珍しいね。大丈夫なの?」と気遣うような顔をしている。家に電話をしなきゃ、と嬉しそうな表情で自分の家にコールした万里はやっぱり家族に対してなのに敬語だ。「おれの分は夜に回してください」と言っていたので二つ返事でオーケーされた理由に納得した。なるほど、こいつを飯に誘うなら昼がいいのか。
「待たせてごめん、どこに行く?」
「朝から何も食ってないから量が多いとこがいい」
「お前また朝抜いたの……っていうか起きるのが遅いんでしょどうせ」
「休みなんだからいいだろ別に。あー、高槻サンとこ今混んでるだろうな。もうこの際マックでもいいや」
 前、万里もいるときに高槻サンの店に行って以来、あの人は他に客がいないときはカウンターに出てくるようになった。こっちに面が割れたから特に気にすることもなくなったということだろう。あの人もかなり面白い。カウンターで俺らの相手をしてくれてるとき、急に他の客が入ってきたりしたら声色から何から全部変わるのだ。初めて見たときは不覚にも驚いてしまって大牙に笑われた。
 あの人は、稀にいる「表情筋を完璧に作れる」人種なのだろう。オンオフの切り替えが激しすぎる。大牙曰く、人前に出たがらないくせに人前に出るのが誰より得意……らしい。なんとなく分かる。人から注目されることに自覚的というか、常に見られていることを意識している感じ。自分が「どう」見えているか分かってる人だ、あの人は。
 そういえば万里とは知り合いですみたいな雰囲気を一方的に出していた気がしたんだけど、結局何だったんだろうな。もしまた万里と一緒にあの店に行く機会があれば聞いてみよう。

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