羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 こうやって二人で出かけるのにもすっかり違和感を覚えなくなっていた。天気は生憎の雨だったがそこまで雨脚も強くなく、外出している人が少ないので混雑を避けることができていい感じだ。
 なんとなく落ち着くから左側を歩きたい、と言うそいつが今日は車道に近い方を歩いている。帰り道なら俺が車道側を歩くことになるだろうか。
 服が要るだろと言ったときに困ったような顔をされてしまったので少し心配だったのだが、予想に反してそいつは必要以上に遠慮する素振りもなく笑顔で俺の隣を歩いていた。動きやすくて着やすくて脱ぎやすい服がいい、とそいつの服の好みはこれ以上なく実用的で、きっと念入りに部屋を掃除するためにちょこまか部屋を動き回っているんだろうな、というのが容易に想像できて思わず口角が上がってしまう。
「ね、せっかくだから色々見て回りたいなぁ。ちょっと休憩してからさ、だめ?」
「おう。じゃあとりあえず休憩がてら飯にするか」
「やった、ありがとう。……あっ見て見て孝成さん、あのお店美味しそう!」
 外食は久々だな、という感想が浮かんで、数ヶ月前の自分からは考えられないような思考に驚いた。三食外食が当たり前の生活をしていた頃が遠い昔のようだ。毎日の食事が手作りになったことで体調はよくなり心なしか体も引き締まってきたように思えるのだから、こいつは本当にすごい。たまには食事の準備から解放される日があってもいいだろう。
 飲食店も、平日の昼間でおまけに雨となるとかなり空いている。昼食をイタリアンで済ませ、食後のコーヒーで一息ついた。何の面白みもなくミートソース(ボロネーゼだったか?)のパスタを食べた俺にそいつは「おいしかった?」とそわそわした様子で尋ねてくる。なんでお前がそわそわするんだ、と一瞬思ったが、ふと思いついて「お前の作ったやつの方が俺は好きだな」と言ってみると大層嬉しそうにするのでこちらも嬉しくなる。
 その後も、取り留めの無い話をしながら街を歩いた。何か欲しいものでもあるのかと聞いてみたところ、「孝成さんと一緒に歩くのが楽しいから」なんて言われて気恥ずかしい。特に何を買うわけでもなく、太陽が作り出す影が長く伸びる頃合までゆったりとした時間を過ごすこととなった。
 家に着くと、足の裏にじんわり疲労感があるのが分かる。不思議とそれが心地よくて、服の入った紙袋をテーブルに置いて背伸びをした。
「はー、楽しかったぁ。ごめんね孝成さん、おれの服なのに半分持たせちゃって」
「気にすんなよそのくらい。もっと寒くなったらまた行くんだしな」
 俺はそのとき、数ヵ月後冬が訪れてもそいつがここにいることを無意識に想像して、そんなことを言った。ふらっといなくなってしまいそうだというそいつに対する印象が変わったわけではなかったのだが、最近の距離感の近さも手伝ってそんな確約できない未来のことを言ってしまった。
 そいつは俺をまっすぐに見て、寂しそうに笑う。何度か言いよどむようにして、口を開いた。

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