7.Don't tell no lie

 それはおそらく、わたしにとって決定的瞬間だったのだと思う。
 わたしの知っている沖矢昴は大学院生で、いつ家にいきたいといっても了承してくれて、優しくて、そして仕草や笑うとき、そして手だとか、香りまでも、赤井に似ている人物だった。

 最近、近辺では射撃による殺人が起きていた。それに恐れているほど自分自身の生命など大事にしていないし、いつ死んでしまうかわからない職業をしていた身としては、社会現象となったその事件がむしろ逆におもしろくもあった。
 そんななかでも、彼のところにいくのはやめられず、きょうもきょうとて連絡をとる。しかし彼は、珍しく断った。
 仕方なしに、仕事に集中することにして、望遠カメラを覗いた。視線の先には対象者が楽しそうに談笑している。
 こういうときに高い場所にのぼってしまうのは、赤井がスナイパーとして活躍してからだったかもしれない。彼と出会ってから、ずっとわたしは彼にあこがれていたのである。
「うわ、やらしい。あんなにお金つんで」
 何回かシャッター音を響かせた。
「こんなもんかな」
 疑いをかけられた社員の調査。なんとかわいそうなのだろうか。本人はそうやって疑われていることなど知りもせず、こうやって証拠をつかまれている。
 一息ついてからデータを手持ちのパソコンに移す。容量が多いため、データを移す少しの時間ができてしまい、手持ち無沙汰になったのでカメラを覗いた。対象者のいる古びたビルの屋上に人影を見つけた。
 あっちもあっちでそれなりの人間を用意していたとしたら面倒だ。確認のため、その人影へとカメラの方向を合わせる。見慣れた茶色い、髪の男だった。
 そこでただ単に沖矢さんがいるだけならばよかった。しかし、そこには明らかに一般人とは思えない物を手にしていた。ライフルだ。
 データ転送が終わると、わたしは急いで彼の姿をまた追った。そしてシャッターを押す。偶然とはいえ、こんな姿の彼を見てしまえば、赤井を追っている身としてはそれは当たり前の行動だった。
 彼のいる場所から考えて、銃口の先を確認すると大体は暗闇だった。電気のつかないタワーだけがある。これで本当にタワーを見ているのだとしたら、少し距離が遠すぎるのではないか。ただでさえ一般人がライフルを持っているわけがない。
 携帯電話を取り出して、沖矢さんのいる場所からタワーの場所までの直線距離を調べる。おおよそにして、六〇〇メートル以上。物理的距離を考えても、それはやはりちょっとうまいなどというレベルの人間ができるわけがない。むしろうまくてもできない距離だ。あの男でなければ。ライフルの扱いがうまくないわたしでも、どこからが難しいのか、どこまでは問題ないのか、などということはFBIのときから知っていた。
 頭を整理していると、どこからか明るい虹色の光が街を照らした。それから少ししてうるさいほどの音があたりに響き、少しずつまた暗闇が戻ってくる。呆然としてそれを眺めてからまたカメラを覗くと、そこにはあせった様子もなく、ゆっくりとからだを起こす沖矢さんの姿があった。まるで、すでに終わったとでもいうかのようなその行動に、そしてあり得ない共通点に、驚きを隠せなかった。
 わたしはカメラをしまい、急いでそのビルへと向かう。階段をかけのぼり、屋上へとついた。しかしそこにはもういない。今度はそこを駆け下りて、近くの駐車場にはいる。自分の車、ビュートに乗り込んですぐに発車させた。
 どういうことなの。やっぱり彼は本物の赤井だったということなのか。決定づけるには確かすぎるあの射撃。実際に射撃姿を見たのは数度しかないが、あんな姿、忘れられるわけがない。

 自宅の目の前に車を停め、家の電気が点いていることを確認する。チャイムを鳴らすと、なかからは驚いた顔をした沖矢さんが現れた。
「どうしても、確認したいことがあるの」
 彼は観念したかのように、わたしを家にあげた。夜はこれから、化けの皮をはがすにはあまりにも時間が設けられすぎている。
 沖矢さんは嫌がる様子を見せず、わたしをなかに通してくれた。用意してくれた紅茶には手を出さず、ただ正面の彼と向き合うだけだ。
「きょう、浅草のほうにいたでしょう」
「ええ、つい先ほどまで」
「そうよね。そうそう顔の似たひとなんていないもの」
「ぼくを見かけたと?」
「そういうこと」
 彼は無表情を貫いていたが、きっと内心ではいい思いはしていないんだろう。組んでいた足を変えて、目線だけはしっかりとこっちに向けている。
「あそこ、廃屋がいくつかあるの。ビルばかりだから眺めもいい。上を見るのも、下を見るのもベストなポイントがある。ねえ、テレビをつけてもいい?」
「どうぞ」
 聞いてから近くのリモコンを触って、ニュース番組を選択する。画面上部には速報としてベルツリータワーで連続殺人犯が捕まったとでていた。タイミングよく、キャスターまでも「速報をお伝えします」とベルツリータワーのニュースをしゃべりはじめた。
「捕まったって」
「よかったな」
 決して自分からしゃべるつもりはないらしい。わたしはそのまましゃべり続ける。
「ベストポイントはたくさんあると言ったわ。でもね、ベルツリータワーを覗くにはベストポイントは一点しかなかったの」
「それはなぜ?」
「あなたが出てきた廃屋をあがって確認したの。周りの建物は、見るとあまりにも多いからだいたいがお互いにお互いを邪魔していて、ほかのベルツリータワー近くの高い建物にいっても上部は高すぎて確認することもままならない」
 携帯電話でマップを表示させる。
「なかなか便利なシステムもあるもんだな」
「でもあそこは、遠すぎた」
「なにが言いたい」
「あなた、普通じゃない」
 そしていつものように鼻で軽く笑ってからうっすらと目が開かれた。怖気づきたいのは山々だったが、わたしは事実を突き止めたい気持ちが勝っていた。
 本に囲まれた静かな部屋で、わたしは自分のパソコンを立ち上げた。スリープモードにしていたそれはすぐに立ち上がり、わたしはパネルを操作してあの写真を表示させた。
「これ、どういうこと?」
 そこには狙撃をしようとライフルを構える沖矢さんの姿があり、それを見ると彼はため息をついて頭を控えめに抱えた。
「こんなことができるの、世の中にひとりぐらいしかいない」
「……少し、友人を助けていた」
 さすがに諦めたようで、気を取り直してわたしのほうを見てくる。その瞳が本来どんな形をしているのかわたしは知っているし、いまのあなたは本当のあなたじゃないことも知っている。
 全部全部知っていたのか。なんて憎らしいのだろう。
「どこにいったのかと思った。わたしのこと、わかってたのね」
「ああ」
「まるで別人、みたい」
「ひとりにしか気づかれていないからな。ジェイムズは知っているが」
 彼は立ち上がって、扉のほうへと向かった。しかし立ち止まってわたしを見ると、「もとに戻るが」と言った。だからその後ろ姿に吸い込まれるようについていって、ふたりで一緒にその扉を出た。
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