6.Do you remember his

 沖矢さんの目の前でひとしきり泣いてから、酒を飲まずにわたしは自宅に帰った。とんでもない羞恥を晒したものだ。
 気は落としていたが、それでも仕事はあるわけで、頭はすっきりしないまま仕方なしに依頼をこなしていた。自分のもとには圧倒的に不倫調査が多い。探偵なんてそんなものだ。
 依頼主に報告を済ませて家路を歩く。
 せめてでもと日本にやってきたが、けっきょく赤井のためになることなんてひとつもできていない。わたしにできることはあまりにも限られていて、性質が悪いことになにをすればいいのかわからないのが現実だった。
「翔子?」
 道路側から名前を呼ばれ、顔を上げる。
「ジョディ!」
 そこには昔の同僚が、車窓から顔を覗かせていた。
「ひさしぶりね。こんなところにいたの?」
 FBI時代の同僚と会えるとは思っておらず、感嘆の声を漏らす。彼女は車の窓から身を乗り出して、わたしの手を引いた。
「もう! 連絡先もなにもわからないから心配してたのよ」
「ごめんなさい。いろいろと気をすませたかったものだから」
 薄く笑うと、ジョディーは仕方がなさそうに苦笑した。
「秀のことは、忘れなくても大丈夫よ」
「え、」
 なんのこと? ととぼけようとしたが、どうやら彼女にはバレていたらしい。
「遠慮なんてしなくていいのよ。ひとをすきになるのは仕方のないことだもの」
 なんと彼女は強いのだろう。わたしなら、そんな寛大になれない。彼女は赤井の恋人だった。その事実は、少しうらやましい気もする。
「すきだなんてそんなおこがましいこと、」
「日本の彼女が亡くなってから、彼を支えたのはあなたよ」
 本当に、そうであればいいのだが。
 そういえば、先日沖矢さんに聞かせてもらったわたしと似た人物は、沖矢さんを支えていたという。実際に赤井を支えられていたかどうかはわからないが、ほんの少しでも、沖矢さんを支えたひとみたいに助けになっていたらうれしい。まあ、そんな彼はもうこの世にはいないのだけれど。
「いまの連絡先、教えてよ」
「うん。ジョディーはしばらくこっちに?」
「そうね。片がつくまではおそらく」
 多少なりとも彼女が言う片をつける対象の仕事は知っていた。
 そういった仕事をしていることは、もう辞めてしまったとはいえ少しでも関わったことを誇りに思っている。
「ねえ、翔子。ひとつだけ聞いていい?」
「なに?」
「どうしてあなたは辞めてしまったの?」
 きっと、こんなこと誰にも理解されない。
「よこしまな考えを持ってしまったの」
「よこしま?」
「ツラいのなら、少しでも早く彼女を忘れて、近くでわたしが支えてあげたいだなんてことを思ったの。だからせめて、あのひとのいなくなったここで償いたいと思ったの」
 ずいぶんと自分に言い聞かせるみたいな理由を述べたものだ。でもそれは他人に言ってみて、はじめて本当にそうであるのかと疑問に思う。
 わたしは彼の死に目には会えなかった。決して現場にいってはいけないなんてことはなかったが、すぐにそれを確認することはできなくて、しばらくして現場には出向いたけれど、もちろん詳しく知らないわたしはそこが彼の死に場所という実感はなかった。彼は片手を残して灰となってしまったと聞いていた。償いだなんて、ただ適当に見繕ったことばだったと気づいた。
「わたし、わたし、きっと」
 ジョディーは静かにわたしを見ていた。
「彼が死んだことを認めたくなかったの。だから、彼を求めるように、ここにきたの」
 するとジョディーはわざわざ車から出てきて、そっとわたしを抱きしめた。
「彼だけを選択するだなんて、ほかのひとはできないわ。けど、いまはあなたが支えられる番よ」
 ねえ、ジョディーどうしてあなたは彼を亡くしてもそんなに強くいられるの。きっとわたしは弱い弱い人間だから、こんなところまできてしまったんだ。彼の姿をどうにか追いかけたくて。
「わたし、間違った選択ばかりしてない?」
「自分のことを信じるのもまたひとつの勇気よ」
 わたしとジョディーは視線を合わせた。彼女の目はなぜだかわたしを納得させた。理由はわからないけれど、その力強い目が現実を語っている気がした。
「そうね、もう少しだけがんばってみる。支えてもらいながら」
 すると彼女は微笑んでから車に乗り込んだ。そして笑顔で「じゃあ、また」と手を振ってその場を去っていった。
 少し進むと、ちょうど正面からあの男が歩いてきた。
「きょうは、元気そうでなによりだ」
「あなたって本当にタイミングがいいのね」
 薄く笑ってやると、彼は不思議そうにしてから鼻で笑った。
「家にいっても?」
「もちろん」
 柔らかい声で了承してくれた。
 わたしは彼の隣に並び、来た道を引き返す。わたしたちの距離は埋まらないのだろうか。埋めることは可能なのだろうか。むしろ、埋めるべきなのだろうか。
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