4−4  

 彼と彼女の恋人らしい行為は朝まで続いた。
ふたりでベッドに寝転がり、テレビを並んで見、シャワーを浴び、朝食を共にし、愛し合い。

 仕事の都合もあり、そろそろお開きにしようか、と提案したのは愛菜だった。
でないと降谷零がまだまだ家を出なさそうだからである。
だが、離れないことが危険なことぐらい彼も、もちろん彼女もわかっていた。

 仕方なさそうにしながら帰り支度を済ませた零を玄関まで送る。

 けれど、零はもう一度と言わんばかりにキスを彼女にせがんだ。
そしてそれを何度も、もう一度を繰り返す。

「そんなんじゃあ、いつまでたっても離れられませんよ」

 愛菜は駄々をこねる零の頭を背伸びして撫でた。
それに対しても、彼はもっととねだるのであった。
つい先日まで被っていた安室透からは、この様な姿は想像つかない。

 仕方ないなぁ。

 中々家を出ない彼を、彼女から玄関扉を開けてやり、外に出るよう促した。
彼女もサンダルを履いて、外の世界へと一歩踏み出す。

「また、昨日みたいにくればいいじゃない」
「わかったよ、仕方ないな……」

 未だ駄々をこねた勢いではあるが、やっと重たい足を動かそうとする。
けれど最後に、もう一度、彼は愛菜に顔を近づけて、最後のキスを落とした。

 名残惜しそうに唇が離れ、途端ーー

 彼女の足元が急にフラついた。
唐突のことで、零も、彼女も脳内に疑問符が過ぎる。

「大丈夫、大丈夫です」

 膝をついた彼女は息を切らしながら地面へと体を近づける。
その様を零は支えながら、彼女の手を握りながら、名前を呼ぶ。

「愛菜さん、愛菜さん……!」

 彼の視界は木枯らしが吹いたように見えた。

ーーチャリ。

 空虚な音が零の耳に届いた。
そして手には温もりが残るアクセサリーがあたって重力に逆らわず通り過ぎていく。

「愛菜、さん」

ーーカシャン。

 廊下に冷たい金属音が響いた。

 地面には昨日買ったばかりのブレスレットが落ちている。

「愛菜……?」

 零は自分の手首についているブレスレットと、床で輪っかを作っているブレスレットを交互に見比べた。
同じデザインで、内側には先程呼んだ名前がローマ字で彫られている。

 顔をあげて、さっきまでいた部屋を見上げた。
開いたままの扉の奥は、誰かが住んでいる形跡はひとつもない。
真っ暗で、靴ひとつない玄関に、奥にはただフローリングが、上り始めた太陽の光を薄くだけ反射させていた。

「愛菜って、だれ、だ……?」

 名前を呼べば呼ぶほど誰かわからない。
心にぽっかりと穴が空いたような、空けられたような。
なのに彼は何を失ったのかも、思い出せない。

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