4−3  

 まだ不安が残る表情をする彼女の頬を撫で、彼はゆっくりと唇を重ね、甘噛み、放した。
近くで見つめあったままでいると、恥ずかしそうに目を逸らした愛菜はおずおずと降谷零の首に腕を回した。
胸の高鳴りが収まらなくなった血気盛んな彼は、肉食動物のように襲いかかり、けれど触れる力は優しく、でもどこか乱暴に押し倒し、ベッドの軋む音を聞きながら今まで言葉にできなかった愛の言葉を脳内で繰り返す。

「抑えるなんて、できないからな……」
「案外、獣的なんですね」

 彼の襲いかかりようが意外だったのか、少々驚きながらも楽しそうに彼女は笑った。
今までの安室は、彼女を壊れ物のように扱っていたので全く扱いに違いが顕著に出たのである。

「本当の僕で、とのことなので。いやか?」
「全然。うれしい」

 笑みを見せる彼女に"零"は顔を思わずしかめた。
その余裕そうな笑みが少し悔しいのである。

「随分と余裕がありそうだな」
「そういうわけじゃなくって」
「どうなっても知らないぞ」

 口を大きく開けて、彼女の唇にかぶりつく。そうして舌を割れ目に刺して、舌を追いかける。
大きく開いた彼女の口からはあられもない喘ぎ声が漏れ出始め、それだけで零は理性を失いかける。
着飾ることを忘れた途端に、彼女を求めて仕方がなくなっていた。

 一度動きを止めて、自身の下に退かれる彼女が独占欲の象徴だった。
零の目には、その様が美しく写った。
だから、脳内に焼き付けようと、惚けた表情の彼女を見下ろす。
わざわざそんなことをしなくても、いつもの彼なら一瞬で覚えただろうに。

「あんまり、見ないで」

──照れた姿が、愛おしい。

「ほら、もう一度」

──キスをねだる姿も、

「なに考えてるの?」

──僕しか見ていないその瞳も。
──この姿を見た者が、この世にいったい何人いたのだろうか。

「愛菜、愛菜……」

 何度も彼女の名前を呼ぶ。
その度に愛菜は自身の意思で出した返事と、喘ぎ声で返答した。
口の端から漏れる官能的な音が部屋に響き、空いたはずの心の隙間を埋める。
ふたりには恋だとか愛だとか、そういった感情が欠落していたのだ。

「愛菜、舌、出して」

 彼は服の上から彼女の胸を触りながら言った。
膨らみは彼の手で覆われ、結果、弄ばれる。と、同時に、出すように言われた舌を、彼女は彼の唇で吸い上げられる。
唾液の混ざり合う音が、彼らの脳内で反響する。
それは想像をはるかに超えるもので、ふたりは余りの気持ち良さについ顔を離してしまう。

「これ、ちょっと、ヤバいかも」
「同感、だな」

 けれどふたりに中断という選択肢はない。

 愛菜も愛菜で、手が止まった彼を再度誘惑する。
元々薄い寝巻きを胸上までたくし上げ、「ほら」と呟くのである。

「随分とわざとらしい煽りだな」
「いや?」

 これまたわざとらしい問いかけに、彼は鼻で笑った。

「大好物さ」

 そしてまた荒々しく、今度は首に噛み付いた。
音を立てて吸い付いたことで、くっきりと痕がつく。
その印を煌々と見つめ、痕を指先でなぞる。

「この痕が、一生残れば良いのに」
「……消える度につければいいじゃない」

 簡単なこと。
しかし、その"簡単"が崩れてしまわないことは願うことしかできない。

 存在を確かめるように、どちらかともなくまた唇同士が触れる。
零の手は彼女の腹を撫で、太ももを撫で、服の上から隙間に隠れる股下に指から順番にはわせる。
指が何度も股を擦り、その度に彼女の腰がくねる。
うっすらと開いた瞳は天井を見上げたり、零の真剣な顔を見つめたりと、視線がいったりきたりしていた。

 そのうちに彼の視線に捕まり、「服、濡れちゃうだろ。腰あげて」と指示を出される。
逆らうことなど微塵もない彼女は素直にそれを聞き入れて、ズボン、下着、と順番に脱がされた。

 自身で上着は捲りあげ、それ以外は全て露わに。
そうさせた人物はまた眺めるのだった。
それはもう、満足気に。

 気づいた彼女は、一瞬で顔をしかめた。
彼女の表情に気づいた零は急いで笑みを作って謝る準備をする。

「眺めてないで、はやくしてよ」

 しかし想像していた言葉は違った。
はやくして。
その言葉を待ち望む男が多いことを彼女は知っているのだろうか。

 零は彼女の右足を持って太ももを舐めた。
おかげで彼女の表情はさらに渋いものなった。
だがそれは決して嫌だからではない。

 片足を持ち上げられたまま、零の指が彼女に触れた。

「すんご。濡れてる。期待してた?」

 しかめ面のままの彼女は、押し黙って彼の行為をただただ受け入れる。
なんだかんだひとつも嫌ではないのだ。

 液体を掬って周りに擦り付ける。
ただ一点に触れると、彼女の腰は大きく揺れた。

「やっぱりここが好きなわけ?」

 聞かれたところで答えるほどの余裕は持ち合わせていない。

「でも前の感じだと、中も」
「零、さん……」

 興奮で我を失いかける零に彼女は声をかける。
彼女も彼女で興奮した瞳で彼を見つめていた。

「あんまり、じらさないで」

 うわずりそうなその声は、前に彼女としたときには聞かなかった物だった。
つまりそれだけ、今の彼女も気をやっているのだ。

 お望み通り、指を中に入れてザラザラとした内部をゆっくりとまさぐる。
腰が浮いてきて、彼女の膝が小さく揺れた。
自身の気持ちの高ぶりと比例するかのように指の動きは激しくなる。
それに気づいてか、本格的になってきたその指に合わせて声も大きくなる。
腹側の肉が少しずつ腫れ上がり、それと比例した官能的で抑え目な声が部屋中に響いていく。

「あ、あ……、れ、れい……零さ……もう」
「ああ、僕もそろそろ……」

 あ。
 彼は手を止めた。

「悪い、……ない」

 それだけで察することができたのは、ふたりともそれなりの大人だからだった。
だのに、

「ね、きて」

 彼女が足を広げて誘惑するから、

「……知らないぞ」
「あなたの子なら、」

 ね? とでも言うかのように、テンポ良く首を傾げた。

「なんてひとだ……」

 限界寸前の際に、そんなことをされては止まることなどできないだろう。
一方彼女は、彼の余裕がなくなる姿が嬉しいのか口を笑わせた。
自分に夢中な彼に優越感を浸らせる。

「本当に、知らないぞ……!」

 音もなく、異物のような硬い一部が彼女に埋もれていく。
ふたりを隔てる壁はなく、おかげで一気に駆けあがった興奮を抑えるために動きを止める。
零が先に深呼吸してから、彼女は弱々しく笑む。
その様は完全に彼を、全ての意味で受け止めていた。

 興奮の息を切らしながら、彼は彼女の足を持ち上げてふくらはぎを舐める。

「……動くぞ」

 挑発するように見下ろし、ゆっくりと腰を動かした。
奥の奥まではいっていき、彼女の望む場所へと当たる。

「そこ、あ、ぐり、て……、して……!」
「ああ、……ここか?」
「ん……、そこ……」

 乱れる彼女は視覚的にも、行為的にも、中身も、全て官能的で、零は早々に我慢の限界を迎えそうだった。
名残惜しさに動きを止めると、彼女は上半身を起き上がらせて零に口付ける。
積極的すぎる彼女に戸惑いを隠せずに目を見開く。

「このあとの、ご予定……は……?」

 息を切らしつつ聞かれたそれは、これから始まる夜の長さを聞いていた。

「全部、君に捧げるさ」
「ほら、じゃあ、」

 彼女が首に腕を回し、彼は彼女を自身の上に跨がせるように持ち上げた。
密着した肌が心地好く、快楽とは別の、愛と呼ぶべき感情に酔いしれるために深く唾液を貪る。

 ひとしきりお互いの液体を分け合ってから、さっきと同様に腰が動く。
眉間に皺を寄せながら、彼女は零の潤んだ瞳を見つめた。
火照った身体は我慢ができず、動く速さは次第に増していった。

 唇が触れたまま、彼は自身の限界を知らせる。

「ごめん、もう」
「うん、……うん」

 存在を確かめるように、どちらからともなく手を握る。
ひと時も離れたくなくて唇を重ね、お互いの意義のために欲求を吐き出す。

「ちょ、愛菜……!」
「だめ、零。中……、出して」
「ったく……!」

 せめてもの理性はあえなく歯止めが効かず、彼は彼女の内側でぶちまける他なかった。
彼女がそこまでした、理由は。

「本当に、私って、この世界の住人なのね……」

 腹にある暖かい液体を感じながら、彼女は自身の腹を撫でた。
その瞳は切なくもあり、けれど零を捉えるだけでふつふつと愛おしさの色が広がる。

 涙の溜まる彼女の瞳を、零は眺めた。

 雫は重力に逆らうことなく零の頬に落ちた。
それはあまりも暖かく、通り過ぎた跡は冷たい。

──ただこれ以上、傷ついて欲しくなくて。

 だから彼は彼女を恋人にしようと躍起になった。
はたしてそれがこの世の道理として正解であるかどうかは定かではない。

「ほら、泣くな」

 頬を撫でる。
彼は精一杯の笑みを見せつけ、今の幸せを表現する。

「……うん」

 だからそれに応えようと、彼女もまた、笑うのだ。
この人なら幸せになりたいと思えたから。

 はい、じゃあそういうことで。

 そう零は呟き、彼女をベッドに組み敷いた。
唐突の行動にキョトンと音がしそうな程に彼女は目を見開き、彼を見上げる。

「一回も二回も、同じだろ?」
「あ、やだ、少し、ま」
「待てない」
「……ん」

 彼女の手を掴みながら、抵抗しようものなら止めてやろう、ぐらいの気持ちで腰を振る。
しかし結局のところ、彼女も満更ではないようで、なんだかんだ彼の行為をまた受け入れるのだった。

 お互いの口が離れると、息を大きくする彼女は彼を軽く睨む。

「お手柔らかに……」
「それは、どうかな……」

 夜はまだまだ始まったばかりである。

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