4−2
安室は、彼女の濡れる頬を撫でながら、その瞳の色が変わることを恐れつつ逸らさずにいた。
「後悔、しても知りませんよ」
しかし、瞳は絶望にも、希望にも変わらず、現実を映すだけだった。
目の前にいる安室透しか映っていない。
「後悔なんてしないさ」
「キザなことを言うんですね」
眉間に皺を寄せながら、ただ彼を見逃さないようにと彼女も視線を逸らさないでいた。
彼は彼女の頭を撫でてやり、泣き止むように慰める。次第に落ち着きを取り戻してくると、やっとのことで彼から視線を逸らし、涙を服の裾で拭った。
それを見計らってから、安室は覆いかぶさるように抱きしめて、背中をさする。
まるでその様は子供をあやすかのようだ。
「二人でいる間は、レイ、と呼んでくれませんか」
「じゃあ、あなたのその喋り方も、変えてはいかがですか?」
――そんなことも知っているのか。
彼は小さく、決して嫌だからとかそういうことでなく、ただ降参とでも言うかのように溜息をついて、「わかった」と呟いた。
ふたりが出会ったのは今からたかだか、二、三か月前。このほんの数ヶ月の間に、色々あったものだ。
それは疑いから始まり、好奇心、羨望、欲望、そして本能に従った結果、ふたりはこうして結ばれることができたのである。
安室、いや、降谷零としては、潜入捜査中に誰かと恋仲になるなど、仕事以外では考えられなかっただろう。
元はと言えば、少年に危害を加えないかを監視していたのだから、最初の印象は良くなかった。
それがいつからか、監視ではなく観察に変わり、敵でないと分かれば興味が出、接近してみれば訳をつけて交わしてしまう。
優秀が故に、相手がいない女性が彼になびかなかった事実は屈辱のような、ただただ珍現象のような。
はたして彼は彼女の何に惹かれたのか。
「私、明日でここにきてから丁度三か月なんです」
「ああ」
「そろそろ、私も受け入れないといけないとは思っていました」
彼女は降谷零を見上げた。
その瞳は決意を示しており、先程のように光が大量に反射はさせず、一点の強い光だけがあった。
「それは僕も入ってるのか?」
「もちろん。じゃないと、恋人になりたいなんて、思わなかった」
彼女から彼にキスをする。
それは、好意をどうしても受け取ってこなかった彼女がもうこの世の生を認めます、という精一杯の表現だった。
「でもわたし、零、さんの名前は知っているけど、それ以外は全然で」
「大丈夫。明日から知ってもらうから」
「そう。……そうね」
楽しそうに彼女は笑うのだ。今
まで哀しみ必ずどこかに帯びていたのに。
そう、降谷零はその顔がみたかった。
そうさせるのが、自分であってほしいとただただ願った。努力だってしたのだ。
「やっとだ」
あまりの喜びに彼女の唇にかぶりつく。
夜はまだ始まったばかり。
部屋の電気は明るいままふたりでベッドに埋もれていく。