2−4

 安室は彼女の後ろに回った。一瞬にして後ろを取られた彼女は一歩も動かず、ただ時間が流れるのを待っていた。

「見えなければ良いですか」
「あなた『たち』、声も特徴的だから」

 たち、というのはコナンたちも含んでいることが彼にはわかった。だから、なにも言わずに彼女の背中に自分の背をつけてもたれかかった。

 彼女はもうなにも言わなかった。背中から伝わる熱は、誰か知らないものである気がしたのだ。もちろん安室のものであるはずなのはわかっていた。ただ一時の優しさが、乱れた愛菜を癒したのである。

 きっと寂しかったのだ。

 自身をひとりだと決めつけて、この世界には自分だけだと思い込んでいた。この世界は彼女が作り上げたものなのか、はたまたすでに想像されていたものなのか、それは誰にもわからないことなのだ。

 真実を知っているのは彼女だけだ。しかし、事実はひとつだけだっただろうか。

「そうね、あなたはやさしいひとだもの」

 呟いた声はあまりにも小さく、安室に届いたかどうかはわからない。

「最近、落ち込んでいたから失礼なことを言ってしまいました。ごめんなさい」

 背中に隙間を空けて振り向いた。どこか切なさは残しつつも、きれいに笑んでいた。安室がきれいだと思えたのは、嘘っぽいものでなかったからだ。

「……帰りますか」
「もう少し、あなたの顔が見たい」

 その発言に彼が大げさに驚いてみると、彼女はややあってからまた笑った。それを見て、安室はどこか安心していた。それは彼女が普通の人間と同じように笑えるのだと認識できたからなのだろうか。

「わがままなひとですね」
「現実を受け入れる準備ができたの」

 落ち込んでばかりの自分に、愛菜は多少の嫌気がさしていた。例えどんなに受け入れたくないと拒んだところで目の前の事実に変わりも代わりもない。

「現実、というのは」
「あなたたちが生きるこの世のなかのこと」

 彼女は彼の顔をしっかりととらえた。それはもう逃げまいと誓ったからこそだった。

「わたしにばかり、構っていると痛い目みますよ」
「それは、どういうことでしょうか」
「時間は有限だから」

 すると彼は首を振って彼女に向かって手を伸ばした。それは頬に触れる前に、彼女が一歩下がったことで叶わなかった。受け入れていないからではない。彼のなんらかの使命をどこかでわかっているからだ。

「有限だから、あなたといるんですよ」
「もったいない。そんなことをしても、なにも意味なんてないですよ」
「それを決めるのは、ぼく自身ですから」

 決心ともとれる安室のことばを聞き終えてから、愛菜は「意味なんてないのに」と本音を吐いた。

「後悔はしません」
「必ずするときがきます」
「まるで、未来を知っているかのような言いぐさですね」

 今度は彼女が首を振った。

「未来なんて知らないけど、そうなんですよ」

 まあ、すきなようにしてください。

 まるでそう言っているかのように小さくため息混じりの吐息をついてから、彼女は白い車に向かった。

 それを安室は追いかけて顔を覗き込む。彼女は目を逸らせずに「なんですか」とぶっきらぼう気味に言った。
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