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僕の友達はよく、不思議で、とても素敵なことを言う。その言葉は同じ世界を見ていても、考えもしないような事で、きっと彼の瞳で世界を見るとまるで別物で、星のように綺麗なものに満たされたモノに変わるのだろうと思う。

「窓から見える景色ってさ、一枚の動く絵葉書みたいじゃあない?僕、きっと絵葉書が動くなら、そこから花の甘い香りや爽やかな風まで感じられると思うんだ」
そしたらとっても素敵じゃない?窓を見て言う彼と一緒に見る景色は、いつもと違って絵葉書のようで、キラキラと輝いていた。

どこか浮世離れした彼は、消毒の匂いの立ち込める病室にいる。ずっと前からここにいて、ほとんど病院の敷地の外に出ないらしい。

だから僕は時々、彼に外の世界を贈る。


「見てよ、これ。紅葉だよ。学校の帰りにヒロと拾ったんだ」

「わぁ…、綺麗だね。
零くんは紅葉ってなんで赤くなると思う?僕はきっと好きな人に見てもらうためにオシャレしたんだと思うんだ。だって、緑の葉っぱなら見る人はいないけど、赤くなれば見てくれる人は増えるでしょう?好きな人に見てもらいたいオシャレさんなんだよ」
ほんとじゃないと思う。けれど、そう思って葉っぱを見ると、ただの葉っぱがとっても可愛く思えた。

ナマエと話していると、世界が色鮮やかに、美しくなる。それが好きで、ずっとこの部屋に通っている。

「この紅葉、しおりにして、本を読むときに見てあげようよ。そしたらずっと見てもらえて、葉っぱも喜ぶと思わない?」
そう提案すると、ナマエの顔がパッと明るくなった。それ、とってもすてき。嬉しそうに葉っぱを撫でる姿が、目に焼き付いた。


ナマエのベットの横にある棚には、数冊の本がしまってある。ある時それを見ていると、ナマエが一冊の本を僕に手渡した。

「これ、零くんにあげるよ」
「えっ、もらえないよ。大事なものじゃないの?」
ぽんと手の上に置かれた本は、何度も読まれたのかすこし、ぼろぼろだった。
会いに行くと、ナマエが本を読んでいる時がある。確かその時に読んでいる本はいつもこれだった。
何度も何度も読まれてすり減ってはいたけれど、とっても大切にされているのが伝わってくる様な気がした。

「うん、大事な物だよ。とっても大切なんだ。だから、零くんにあげる。僕の元から離れて、零くんの元に行きたいみたいなんだもの」
ふんわりと笑って言われた事は、相変わらず不思議な事だった。けれど、僕に大切なものをくれるその気持ちが嬉しくて、ぎゅっと本を抱いた。

「…わかった。ありがとう。大事にするね」
真剣な顔で頷けば、ナマエがおかしそうに笑った。

"星の王子さま"。その本はまるでナマエみたいな男の子が主人公の、とっても優しい、素敵なお話だった。なんとなく、病院の、あのちょっぴり怖い寂しい部屋で、ナマエが大事に大事にしている理由が分かった気がした。


ある日、ナマエに会いにいくと、ナマエのお母さんがいた。僕に気がつくと、ちょっと目を丸くしてふんわり笑った。ナマエとソックリなその笑い方がどこか寂しげで、気になった。

「こんにちは」
「はい、零くんこんにちは。会いに来てくれてありがとね。ナマエ、とっても嬉しいみたい。ずっと零くんの話するのよ」
初めて知ったその事が嬉しくて、にまにまする顔を抑えられない。僕の顔を見た彼女は、またふっと笑って、すぐに悲しい顔をした。

「…どうしたんですか?」
「…あぁ、ごめんなさい。言いたくないんだけど、いつか言わなきゃいけないの。すごく悲しい事なのよ。今、言ってもいいか分からない」
独り言のような言葉が、事の重大さと深刻さを伝えてきた。自然と震え始めた手を握って、目を見つめてうなずく。僕をみた彼女は、今にも泣きそうな顔になった。


「……ナマエが、もうすぐ、死んじゃうわ」


世界が暗転して、僕は一つの病室に駆け込んだ。いつもは走ると注意する看護師さんも、すれ違ったのかさえ分からなかった。

「ナマエっ…!」
バタバタと音を立てて駆け込むと、彼は心底ビックリしたという顔でベットに座っていた。

彼の顔を、身体をみると、言いたい言葉がどっと、胸の中に洪水のように溢れ出して止まらなかった。
なんで死んじゃうの
いっぱい話したい
今日は花が咲いていたんだよ
僕と外に行こうよ

けれど、彼の瞳を見ると、何一つ、言葉が音にならなかった。
彼は泣いていた。ポロポロと溢れる水が、真っ白なシーツを湿らしていた。


僕は、彼の笑顔が一番よく見る彼の表情だった。紅葉を贈ったときも、美味しいお菓子をあげた時も、綺麗なガラス玉をプレゼントした時も、彼は笑っていた。
泣いている顔なんて見たことがなくて、彼も泣くのか、なんて驚いた自分に嫌気が差した。

ナマエはナマエで、僕とおんなじだと、改めて気がついて、悲しさと悔しさと、色んな気持ちがぐちゃぐちゃに溶けて混ざって、一緒に泣いた。


静かに泣いていたナマエが、僕がいきなり泣き出したからか、驚いてちょっと笑った。泣き声に笑い声が混ざって、変な音がした。それにつられて僕が笑って、二人して一緒に泣きながら笑った。


「僕、まだ生きてたい」
ぽつりとナマエが溢した言葉の重さに、心臓がピタリととまった気がした。

「死にたくないなぁ…」
僕が生きさせてあげる、なんて言えるはずがなくて、指一本も動かせない。なんとか必死に吸った息は、情けないほど震えていた。

「…俺が、忘れないから、俺と一緒だから、だから、だから、ずっと一緒だから、ずっと一緒に生きるから、」
震えた声が止まらなくて、こぼれる涙のしょっぱさを感じて、うまく言えないもどかしさにまた泣いた。

涙の膜の向こうで、今までに無いくらい目を丸くしたナマエが見えて、息が止まる。バクバクと脈打つ心臓が痛い。



「…僕、風になるよ。零くんの周りに吹く、風になるよ。いつでも一緒だよ。そして、風が吹いたら零くんは絶対僕を思い出すんだよ。そしたらずっと一緒でしょ?ずっと一緒に生きてられるでしょ?僕は風になって、ずっと思い出してもらって、零くんは僕を友達に話すんだ。そしたら僕はもっと生きられるでしょ?それってすてきじゃない?」

涙をボロボロ流して、喋るナマエはとても苦しそうで、けれど、とても楽しそうだった。

「なんの風になるの?」
「それは決めない。そしたら零くんは風が吹いたら僕を思い出すでしょ?それが春の花の匂いを運ぶ風でも、木枯らしでも、とっても強い風でも!」
すてきでしょ?とふわっと笑うナマエにそうだね、と泣きながら必死に笑った。




それ以来、ナマエは僕と一緒に生きている。
風が吹けば、彼を思い出して、今日の出来事や、季節の変化、悩みごとなんかを話して。
友人にナマエのことを話したら、彼らも風が吹けば話をしている。彼らの中にも、ナマエが生きている。

どの風がナマエなのかはわからない。けれど、だからこそ、僕らにとっては全ての風がナマエになっていて、最後の贈り物まで彼らしく、"王子さま"で。


多分、彼はきっと、"風の王子さま"だったんだと思っている。僕の世界は今でもとても、色鮮やかだ。
風の王子さま

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