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お守りを握るとかちゃりと静かな音がした。

to ヒロにい
件名 信じられない
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本当に、兄さん死んじゃったの?

送信ボタンを押そうとして、手を止めた。画面がチカチカとヤケに明るく見える。
消去ボタンを連打するの度に虚しさが積もってゆく気がした。

ずずっと音を立てて、ストローを吸う。そこに入っている氷の隙間の紅茶はほとんど水になっていた。
横の椅子に置いていた荷物をとって数歩歩いたところで、テーブルの上に置いてあった伝票をとるのを忘れている事に気がついて慌てて戻る。重しの飾りからぴっと引っ張ると、少し破れ目が入った。


カランコロンと鐘の音が鳴る。こじんまりとしたカフェは落ち着く。軽くなってしまった財布は見ないフリをした。

霧雨のような軽い雨が降っている。傘はささなくてもいい事にして、近くの駅まで走る。
制服についた小さな雨粒は払っても染み込んでいて、ぎゅっと顔を顰めた。払ったせいで湿っぽくなったハンカチを適当に鞄に入れる。

電車の時刻表を確認すれば、あと数分で帰れるらしい。


「ただいま」
「お帰りなさい」

ただの親戚で、面倒を見てくれているこの夫婦に出会えて、本当に良かったと思う。兄さんが先にお世話になっていたから慣れているのかわからないけれど、放任主義なのもありがたかった。何かあれば言ってね、なんて優しい笑顔に時々無性に泣きそうになる。

ご飯あとちょっとだからね、なんて声に頷いて、手洗いをして、奥にある自分の部屋に向かった。

引き戸を開けてすぐのベットに倒れ込む。制服がシワになるな、なんて過った考えを無視した。
枕に顔を埋めたまま、鞄から携帯を取り出して操作をすれば、顔をあげたらヒロにい宛のメールを打ち込める画面が出ていて笑った。



to ヒロにい
件名 日記
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今日は学校帰りに見つけたカフェに行きました。ずっと気になっていたんだけど、やっと行けました。
こじんまりとしていて、夫婦二人で経営しているっぽい感じ。家具も音楽もこだわりが詰まってて、とっても素敵なところでした。欠点といえば、学生のお財布にはちょっとキツイぐらい。モチロン紅茶も美味しかったです。コーヒーもきっと美味しいと思うよ。

今日ずっと降っていた霧雨はヒロにいのとこでも降っていますか?霧雨は幻想的だけど、傘をさしてもささなくても濡れるからあんまし好きじゃないです。


この日記は、打ち始めると止まらない。話しているみたいな気持ちになって、時系列なんか気にしなくなってしまう。きっと、読む人には分かりづらいかも知れない。

「読む人なんて、いないんだけどねぇ〜」
ポケットを探れば、お守りが出てきた。ユラユラと揺らすと、チャリチャリっとガラスの擦れる音がする。
送信ボタンをポチッと押して、座り直してグッと伸びをすれば、やっと目が覚めた気がした。

「ナマエくん、そろそろいらっしゃい」
おばさんの呼び声がして、慌てて返事をした。携帯とお守りを机に置いて、慌てて制服を脱ぐ。出したままだった部屋着を引っ掴むと、頭からかぶる。乱れた髪を直しつつ、お守りを掴んでポケットに押し込んだ。

「はい、今行きまーす!」

お守りから、チャリっと音がした。
メール日記

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