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そんなことを考えていたらいきなり手を強く引かれた。
「いっだっ....…」
右肘がパキッと鳴った。反対の腕だからいいもののギプスはめてる怪我人の腕を引っ張るなんてやめてほしい。右腕は骨折こそしていないが、かすり傷やひっかき傷だらけで包帯がぐるぐる巻かれているのだ。
「やめてよ、兄さん」
小声で訴えてみるが、聞こえてるはずの兄さんはスルー。全く持って怪我をした弟にする対応じゃない。不機嫌の文字を顔に書いた兄に無駄な抵抗はせずに着いていけば、一つの喫茶店が見えてきた。ポアロと窓ガラスにかかれた喫茶店は驚いたことに上の階があの有名な毛利探偵事務所。しかもイケメンな店員がいるとかでいつも女性客が絶えない。初めて会ったときはいろいろな意味で驚いたけれど、色んな事情があるのだろうと割り切った。この街では色々なことに無闇に首を突っ込まない方が長生きできると既に学んでいる。

カランコロンと少し乱暴に扉を開けた兄は、その安室さんとも梓さんとも目をあわせずに一番奥のテーブル席に腰を下ろした。珍しく人気の少ない店内は食事を摂るのには微妙な時間だからだろうか。慌ててパタパタと注文をとりにきた梓さんに兄はにっこりと笑って注文する。貼り付けた笑顔は女の子には優しい。
「俺はブラックコーヒー。お前は?」
「俺もそれで」
ブラックは正直あまり好きじゃないけれど、機嫌の悪い兄さんには口数は減らした方がいいと知っている。はぁいとにっこり笑顔をうかべた梓さんは、物理的にボロボロな俺と珍しく機嫌の悪い兄さんを見比べてそそくさと持ち場に戻って行った。空気の読める良い店員さんだったが、今の俺にとっては良い人ではない。

「で?」
いきなり圧がすごい。隣の席に元々いたコナン君たちも静かになってしまった。元々客は俺と兄さん、コナン君たち少年探偵団と毛利さんたち。なかなか知り合いしかいない。つらい。巻き込んですいません。暴走列車の如く、怒りという燃料を焚べた兄はもう止められないので。
「で、っていわれてもさ...」
なんて返すのが正解かわからない。流石に一文字では無理だ。時間稼ぎにぼそぼそと返事をしながらこっそり兄さんにバレないようにパンツのポケットからスマホを取り出す。返事をしなかったら無視をしたとしてさらに燃料が投下されるだけだろう。ここで落としたら大惨事だとテーブルの下でスマホを握り直した。

「名前なんか言うことは?」
画面をみないように指紋認証をしてラインを開く。兄の釣り上がった口端に悪魔を見た。
「ごめんなさい…?」
上から三番目の相手をタップ。陣平くんとのトーク画面。
「おい、なんで謝ってんのかわかてんのか」
「えーっと...」
形勢不利。完全敗北目前。一発逆転を目指してメッセージを打ち込む。最初から口喧嘩で兄に対抗しようなどと無謀なことは考えていない。
「なんでスマホいじってんの」
立ち上がった兄さんに唯一自由な右手を机の上に持ち上げられた。スマホを取り上げられる前に最後の抵抗として瞬時に陣平くんに電話をかける。それを見越した兄さんは俺の手を捻ってスマホを取り上げて通話停止ボタンを押した。

「なあ」
ぎらつく目が微笑んでいるのが余計に怖い。けれどこれで通話履歴はついたはずだし、1コールぐらいは繋がったはずだ。そしたらきっとこの危機的状況に気がついてくれるかもしれない。
「松田はこねーよ。あいつにはもう言ってある。逃げようとすんじゃねえ」
俺の思考を読んでいるように兄さんが無慈悲にも死刑宣告を下した。やっぱり通話相手を間違えただろうか。けれどもう過ぎたこと。陣平くんの微かに残る良心を期待してギロチンが落ちないように祈る。

「まあ、控えめにしてあげてください。他のお客さんもいますから」
いよいよ口で対抗しなくてはいけない場面に差し掛かったナイスタイミングで苦笑した安室さんがコーヒーをもって登場する。よし、チャンス!と思った瞬間、ブラック苦手でしたよね?とミルクも持ってきた。こいつ絶対俺の考えわかってただろ。梓さんでも呼んでミルクを持ってきてもらえば、女の子には優しい兄さんの隙ができると思ったのに。流石は親友、そんなところでチームワークを発揮しないでほしかった。
コーヒーを置いた安室さんは数歩下がって作業するまねをしながら堂々と盗みぎく姿勢に入った。隠す気も大して無いらしく耳をそば立てているのが丸わかりだった。全く持ってプライバシーが無い。

安室さんの一言で静かになっていた店内で毛利御一行の会話が再開したのが救いだが、さっきの会話を聞かれていたので恐らく全員がこちらのギスギスした空気を察している。張り詰めた空気に上滑りする毛利さんたちの会話がつらい。

「俺、前にいったよな?気をつけろってさ。なんかあったら言えよとも」
コーヒーを優雅に啜りながら兄さんが呟く。もう逃げられないらしい。


「...気をつけたよ?これでも...」
「あっそ。俺に連絡きたっけ?」
「...…」
「されたっけ?俺、名前から」
「してないかも」
「『かも』?」
「...…してないですね」
貼り付けたにっこり笑顔で騙せるほど兄は甘くなかった。
「なんで?」
片肘をついて質問されていると尋問を受けてる気分になる。ブラックコーヒーがカツ丼に見えてきた。
「...…大したことないかと」
「どこが?左腕折れて、顔と体中に傷つくって、足捻挫して。これは大したことではなのかよ」
なぁ、と言ってくる兄から目をそらすと、目を細めている安室さんと心配そうな子供たちが目に入った。もう一度視線を戻すと優しい萩原刑事はやはりどこにも居なかった。


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