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「すいません、この子がお母さんとはぐれちゃったらしいんですけど」

交番前に立っていた同年代ぐらいの警官に声をかけると、はっとした顔をした彼が交番内に一度引っ込んで女性を連れて出てきた。緩く髪を結った女性は、どこか雰囲気が手を繋いだ女の子に似ていた。彼女は子供を認識した瞬間、心底安心したというように眉を下げて迎え入れるように子供に向けてしゃがみ、腕を広げる。吸い込まれるように飛びつく女の子を見つつ、道中で懐かれ舌足らずながらも色々話してくれたからこその抵抗なく離れていった手のひらの温もりがどこか寂しく感じた。
無垢な子供に時折触れると、まっさらな彼らを見て自分が随分薄汚れたように感じてしまう。子供時代は何も考えずに無邪気に遊んでいたけれど、その貴重さは振り返ったときに改めて感じるものだなと思った。

小さく手を振っている女の子に手をふり返すと、蕩けるような笑顔を見せてくれて、兄さんと小さく笑った。何度もお辞儀をして、しっかりと手を繋いで去っていく親子を曲がり角で見えなくなるまで見送る。お礼をさせて欲しいと言われたけれど、警察官なのでといって断ると申し訳なさそうに感謝された。
人を疑うような事が多い仕事だけれど、一度「ありがとう」と言われるだけで、日頃のストレスが昇華される。バイクが好きで、かっこいいからという馬鹿みたいな理由だけで続けている。それでもお礼を言われるとやりがいを感じるのだから、現金だと自分でも思う。

一騒動終わったとため息を吐くと途端に忘れていた眠気が襲ってきた。夜勤明けの目にどんどん強くなる日差しが痛い。サンドイッチを食べようなどと思っていたけれど、もうただ眠りたい。家着いた瞬間ソファで爆睡コースだなと欠伸を噛み殺した。

「あ、やべ昼休みおわんじゃん」
「なんも食ってねーんだけど」
「じゃ、これあげる。俺もういい、眠いし」
お、じゃ遠慮なく、とビニール袋を漁り始める陣平くんはべりべりとパッケージを破ってサンドイッチを咥え始めた。二口で吸い込まれるツナサンドを兄貴が恨めしげに見つめる。ツナ好きじゃねぇんだけどと不満気な声が聞こえた気がしたが全部無視した。

「俺のないじゃーん……一人で今から買い行けって?」
「俺じゃ、先戻るわ。萩、遅れんなよ」
「俺は帰る。ねみぃ」
「えぇ、マジ?ひとっ走りいってくるしかないかぁ……」
遅れたら言い訳しといて!と陣平くんに叫んで、兄貴の背中が小さくなっていった。今からだとどう急いでも微妙に遅刻する羽目になる時間だ。きっと適当に女の子を助けてたなんて言って許してもらうんだろうけど。サンドイッチを咥えながら携帯を触る陣平くんに無言で会釈をすると、ひらりと無骨な手を振られた。背を向けて歩き出した癖毛が歩くリズムに合わせて揺れている。時間はぎりぎりでも、彼のコンパスなら十分だろう。
家は陣平くんとは逆方向だ。手で隠しもせず大欠伸をして、気だるい体で家に向かった。


ポケットから探し当てた鍵を半分寝ている頭で鍵穴に無理やり押し込む。ごりっとしてはいけない音が鍵穴からした気がしないでもないけれど、無視していつもは揃える靴を放り出した。壊れていない事を信じてもいない神様に願っておく。カバンを放り出して、部屋着のスラックスに着替える。手を洗わなくちゃいけない、そういや夜メシの米炊いてない。多分夜に起きるしカップラーメンあったはずだからいいや。予想通り、広いとは言えないソファに沈み込んだ瞬間、視界が暗転して俺は夜まで泥のように眠った。


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