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「大丈夫?」
かがんで目線を合わせれば慌てたようにこくこくと首を上下にふる。かぶっている深い藍色の帽子から飛び出した、くるりとカールしている前髪がそれに合わせて上下に揺れた。ひゅーと口笛を吹いた兄貴を女の子から見えないように睨みつける。迷子だろうか、心細そうに大きな目を揺らす。

「怪我してな〜い?ごめんねー、こんなおじさんにぶつかられて怖かったよねぇ」
「いや俺がおじさんならお前もだろ」
目線を合わせるように屈んだ兄貴に、女の子は恥ずかしそうに俯いて固まってしまった。それを見てけらけらと笑う兄貴を、後ろからげしげしとじんぺーくんが蹴り上げる。広い背中にくっきりとついた足跡を横目に、女の子に声をかけようと薄く口を開いた。

「お兄さん、なんておなまえ?」
開きかけた口を閉じようとして慌ててニコリと笑顔を作る。
「僕は萩原名前。君はなんてお名前か教えてくれる?」
自分から話しかけるタイプの子には見えなかったから少し驚いた。俯いた顔からきらりと大きな瞳が顔を覗かせる。年相応の可愛らしい声が聞けると思わなかった。ほわりと胸が暖かくなって、何か甘いものは持ってないかとポケットを探った。
いつ入れたのだろうか、ぶどう味の飴の包装がかさりと手に当たって小さな音を立てた。いつだったかなと考えると、宮本先輩に先週合コンに知り合いを紹介したお礼に貰ったんだっけ。合コンはめんどくさくて行きたくないと遠回しに断ったら、行かない分の代打を連れてこいと言われて半ば無理矢理教鞭を取っている知り合いを押し込んだ。色々と文句を言っていたが警婦さんと会えると伝えると押し黙っていた。むっつりか、と思ったが余計な事を言うと断られかねないので黙る。あちらもあちらで彼女がいないから良かっただろうと思うことにしたのを思い出した。
そんな記憶が蘇るぶどうの飴を、女の子の小さな手のひらにコロリと転がす。

「がんばったからね、食べてもいいよ」
そう伝えるとまた嬉しそうに瞳が煌めいた。子供が好きそうないちご味じゃなかった事を少し心配したけれど、杞憂だったらしい。小さな口には大きな飴を慌てる様に押し込むものだから、思わずゆっくりねと声をかけてしまった。

「誰かと一緒に来たの?」
声をかけると現状を思い出したのだろう、再びうるんだ瞳にしまったと思った。飴を飲み込まないように言っても恐らく聞こえていない。
「おかあさん……」
揺らいだ瞳が地面に落ちる。兄貴があきれた気配がして正直苛立った。それを胸に仕舞い込んで、出来る限りの優しい声をかける。交通執行隊経験者舐めんな、と後ろの気配を思考から追い出す。

「お母さんが迷子になっちゃったのか」
「え、」
びっくりしたように上がった顔に思わず笑った。作戦は成功らしい。もう一度飴を飲み込まないように伝えると、慌てた様に歯の外側に押し込んだらしい。ぽってりと頬が飴の形に膨れた。
「僕、警察官なんだ。お母さん探しに行こうか」
子供扱いをされていると思われないように警察手帳を出す。後ろの兄貴たちも倣うように警察手帳を出す音がした。丸い目がこちらを見上げる。どこか縋るように伸ばされた手を掴んで、大通りに向かって歩くか、と検討をつける。確か交番が近くにあった。そこに行けば所謂お巡りさんがいるだろう。小さな歩幅に合わせるようにゆっくり歩くと、兄貴の堪えるような小さな笑い声がした。


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