回合
教官の説明がチャイムの音に被った。全員の声が揃った挨拶が響き、教官が退室する。暫くした後、教場に騒めきが戻ってきた。
机に広げられていた教材をトントンと立てて揃える。次も座学だったはずだ。次の授業の教材を揃えて机に置く。
「次も確か座学だよね?」
隣の席に座っていた人に声をかけられた。把握してないのかと思いつつ、そうだと返す。俺の返事にヘコヘコと申し訳なさそうに感謝を言われた。
確か、高木だったか。気の弱そうな感じが抜けず、警備実施で目をつけられていた。
自分も目をつけられている様な気はしているが、なるべく怒られない様に立ち振る舞っているつもりだ。"褒められるように"ではなく、"怒られないように"なところが自分でもどうかと思うが、そちらの方がリスクが少ない。そう判断した結果だ。ヤンチャしてもいいのは、それを上回る行動でカバー出来る者だけ。俺はそうではないし、兄がそれだったのだから、どうこう考えた所で仕方がない。
「萩原、今日道場で自主練すっぞ」
「了解」
椅子に後ろ向きに座った班長から声がかかる。警察学校は基本班行動な為、自分の予定がたてにくい。班員同士仲良しこよしなら別だろうけど、中々そうもいかない班が多いのが現実だ。元々警察官になりたい人しかいない中で、訓練に耐えられない者を払い落とす場所だから、まあそんなもんだろう。
あくびをしながら横目で高木を見ると班長の言葉に頷いているところだった。
道場から汗だくで寮へ戻り、風呂に入る。
体から湯気を立たせて寮の廊下を歩いていると、丁度高木も出てきたのだろうか、背後に気配を感じて振り向くと目があった。
「…あ」
「…おぅ」
軽く腕を上げて挨拶をする。立ち止まろうか、そのまま歩こうか迷って、歩く速度を落として横に並んだ。
教場が一緒で、班が一緒。だけど精々話したのは数回。警察学校に入って一ヶ月ちょっと。特別仲のいい人は、互いにきっといないだろう。
沈黙の時間がむず痒く、思わず足早に逃げ出したくなる。風呂から部屋へはそう遠くない。早々に見えてきた自室のドアに救いを求めた。
高木の部屋は俺の部屋より距離があるらしい。挨拶らしい挨拶もしていない中、ドアノブに手を伸ばした。
「明日、自習室でも行こうぜ」
ドアを閉める直前、絞り出した言葉に目を見開いてうなずく高木が見えた。