天秤



上司からの昼ごはんの誘いをどうにか断って、なんとか無事に逃げおおせた。眩しい日差しに顔を顰める。

昨夜、日勤帯勤務の小隊が来るのが事故の影響で遅れ、その事故をひとまず夜勤の俺たちの隊で対応しなくてはいけなくなった。その後も48時間以内に一件書類を検察庁に送らなくてはならないので残業が続き、先輩方と交代で仮眠をとりつつなんとか終わったのだ。

仕事が終わっても上司と一緒にいるなんてごめんだ。さんさんと顔を照らしてくる太陽に時間感覚が狂ってくる。それでもお腹が空いている事だけは分かったから重い体を引きずって最寄りのコンビニに向かった。今バイクに乗ったら確実に事故を起こす自信がある。

「よっ!」
聴き慣れた声に顔を上げると、ひらひらと手を振っている兄さんがいた。のほほんと緩みきった顔が憎い。この人に付き合う気力はあるかと脳内会議を開催するまでもなかった。

「こんにちはー、お疲れ様です」
さらっと挨拶をして横をすり抜ける。おう、と陣平くんまでにこやかに返してくれた。
「…いやいや、おかしいでしょ我が弟よ」
「あなたの弟は疲れている」
とんだ茶番だなと呟く陣平くんに兄貴が、それに付き合ってくれるじんぺーちゃん、やっさしー!など執拗に絡んでいる。長いコンパスでつけてくるからエネルギー切れの俺には巻くことも出来ず、一列にコンビニに向かう羽目になった。

「え、お前コンビニ飯?」
「夜勤明けなんだよ…」

コンビニまでは数百メートルもないだろうに、こんなに長く感じるのは初めてだった。こんな事になるなら食事なんて求めずに仮眠室で大人しく寝れば良かったかもしれない。どうにも男臭い仮眠室を思い出して恋しくなる。
会話をする事に食事をする分の体力が奪われたようで、軽快な音楽の流れる中入ったコンビニのご飯に食欲が全く湧かない。どうにか食べられそうなサンドイッチと烏龍茶を掴んで会計すると、後ろから不満気な視線を送られた。大方サンドイッチならポアロでいいじゃないかと言うことだろう。あの店を訪ねて会話する元気も、あの人をからかう2人を眺める元気も無いんだ、いいじゃないか。

ブラックコーヒーを片手についてきた陣平くんと何故かアイスを舐めている兄貴はどこまで付けてくるのだろう。じりじりと陽炎に舐められつつ、歩いているとポアロに向かう曲がり角で、じゃーねと手を振られた。やっぱりポアロに行くらしい。通い倒してる2人は近くの高校が午前授業で終わった日には見せ物のようになるのだと店員さんから聞いたことがある。今日もそうなるのだろうかと、別れようとした矢先だった。

「おわっ」
どんっと何かに陣平くんがぶつかる音がした。なんだとチラリと振り向くと、尻餅をついて涙目の女の子。幼稚園生ぐらいだろうか。
「わー、じんぺーちゃん何やってんの」
「おい、チビ泣くなよ!?」
わあわあ騒ぐ2人を無視して帰るか、今にも泣き出しそうな女の子を助けるか。ぽんと現れた天秤は、直ぐに傾いて、サンドイッチが無駄になる未来が見えた気がしてため息をついた。


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