郷愁

リビングに戻り、落としたものが無いかとローテーブルの下を諸伏が覗き込む。その頭を押さえつけた陣平に気が付かず、起き上がった反動で思い切り諸伏の頭がテーブルに打ち付けられた。机の上にあったカップが揺れ、水が溢れかける。子供の様に指を刺して笑う陣平に、諸伏が青筋を立てた。
リビングからのにぎやかな声を聞きながら、忘れ物が無いか家中を見て回る。洗面所を覗いて、確認すると弟の歯ブラシと萩の歯ブラシが並んでいた。どうやら新しく我が家の買い置きから引っ張り出したらしく丁寧にしまってあるところを見るとうちに置いていくようだ。弟のはともかく、萩原は隣の家なんだから置いて行く必要ない気がするが、数回しか使っていない歯ブラシ――しかも我が家の買い置き――を棄てるのも勿体無いのでそのままにしておく。最悪なにかの掃除にでも使おうと決めた。
ぐるりと家を回ってみたところ、忘れ物もない様だ。元々が警察学校の休みに顔を見せたぐらいで対して荷物もないから心配もない。何人かは忘れてもいいぐらいの気持ちでいるらしいが、陣平はそう帰ってこないし、なんなら俺も家に居ない。ついでに言うと気がついても届ける優しさも持ち合わせていないので忘れたらウチのものになる。そう伝えると諸伏、伊達、降谷が真面目に片付けだした。陣平と萩原は我が家に置いて行っても何にも問題ないらしくずっとふざけているが。

「こんなもんか」
ドサリと玄関前に荷物をを置いた伊達が伸びをして背中を鳴らした。何となく休日に遊びに連れて行ってくれた幼い頃の親父の姿を思い出す。冤罪で捕まって、全てを無くす前は確かにいいヒトだったのだ。
「忘れ物してたら最悪着払いしてやるよ」
荷物を最終確認している降谷に伝えると多分萩原の荷物が大量にあると伝えられた。
「萩は荷物ウチに有りすぎだろ」
「正月にでも取りに来い」
萩原の荷物が我が家に大量にあると言われて何処となく嬉しそうな顔をする陣平にため息をつく。家が隣ならほぼ敷地一緒じゃないっすかと謎の持論を繰り広げる萩原の異様に軽い荷物をドア外に放り投げた。じんぺーの兄ちゃんと可愛く呼んでくれたあの少年は何処へ行ってしまったのか。
「うわ、名前ちゃん乱暴……」
「お前は暴論」
首根っこ掴んで荷物と同じ放物線を描いてやろうとすると慌てて外に逃げられた。
きちんとお辞儀をして礼を言ってドアを出て行く3人を見送る。人を見送るなんて、したのは弟が小学生の時以来かもしれない。伊達と降谷、諸伏の荷物はきちんとそれなりの量があったから萩原の荷物が大量にウチにあるというのは正しそうだ。

「じゃーな」
陣平が後ろ手に手を振って慣れた手つきでドアを開けた。砂埃のついた鞄を萩原が払っているのをみてげらげらと昔と同じ幼い笑顔を浮かべる。図体はでかくなった癖に、表情も喋り方も何もかもが頑張って背伸びをしていたあの頃と変わらない。
「おー、じゃ、また」
ひと段落したらまた萩とでも来いよと言うと、二人揃ってランドセルを背負っていた頃と同じ笑顔を向けてくれた。

ぱたりと閉まった扉の向こうから5人の笑い声が漏れてくる。
「あーぁ、にーちゃんつっかれたワ!」
嵐がやっと過ぎ去った安心感と、いつも通りの静けさにあくびと小さな笑いが思わず漏れた。案外、"兄貴"も悪くないかもしれないとそっと笑った。
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