始まり

あの頃、俺は高校生で、何とか来年も奨学金を取る為に、学年トップの成績を保持しようと必死で机に食らい付いていた。勉強は好きな方では無かったし、頭で考えるより体を動かすのが好きだった。
それでも親父が稼げなくなり、酒に溺れるようになって、育ち盛りの陣平の事を考えると食べ物に困らせたくは無い。増えることのない通帳を見て、弟の将来を狭める事だけはと、アルバイトと学校を行き来する日々だった。かつかつの日々でも、支えてくれる人はいた。でも頼り切るなんて出来はしない。弟の為に、稼げるようにならなくてはいけない。

ある夏の日、家に20時すぎごろに帰った。部活に入っていない分、アルバイトで陣平の小遣いと自分の昼食分を稼いでいた。
鍵を刺し、ガチャリと重い扉を開ける。少し冷たい風が吹いてきて、思わずため息をついた。緩ませていたネクタイを肩からとって、リビングに向かってただいまと叫べば、ん〜と気の無い返事が帰ってきた。また何かに熱中しているのだろう。
階段を登って、自分の部屋に荷物を放り込む。鞄から予習と復習分の教材を取り出して、リビングに向かった。
それぞれの部屋はあるが、大して使われていない。弟は生意気に強がるが、寂しいのかリビングにいる事が多いからだった。部屋にいると、大声で来いよと叫ばれる。そして行くと、嬉しそうにまた何か作業に戻るのだった。

リビングの扉を開けると、涼しい風が吹いてきた。机に置いてあるクーラーのリモコンで、温度を少し上げた。
机にドサリと教材を置いて、後ろで何か作業をしている陣平を見やる。ガチャガチャと何か騒がしい音を立てていた。手元を覗き込むと、何やらプロペラの様な物が見えた。

「…扇風機?」
「おう」
全く悪びれなく頷かれて、反応に困った。叱かるタイミングを完全に逃した様だ。手先が器用なコイツはどうやら工具を取り出してきて、扇風機をバラし始めたらしい。無残な姿になった扇風機の横に、算数ドリルが放りだされている。開かれたままのページは書き込みで埋まっていたから、宿題はやったらしい。まあいいかと思い、椅子に座って教科書を開いた。

「できた!」
満足そうな声に顔をあげると、最早原型が分からないぐらいモーターらしき何かがバラバラになっていた。歯車とネジがいやに几帳面に並べられている。思わずスゲェと呟くと、ニヤリと笑われた。別に褒めた訳でもないのだが。

「…直しとけよ」
げぇ、という顔をされて、ぴくりと眉を跳ね上げた。いくらなんでも解体したままでは迷惑だ。これから本番の暑い夏をどう過ごせというのか。歯車同士を組み合わせて小さく唸り出した弟を見て、呆れた目線を送る。壊したなら直せ。


直る気配のない扇風機を見て、仕方なしに立ち上がって、物置に向かった。
きっとここら辺にあるだろう。


「…当たり」
埃を被ったそれを掴んで引っ張り出す。手で埃を払うと下の文字が綺麗に出てきた。捨てるような親で無くて良かったと心底思う。こんな使い方をされるとは思わなかっただろうが。


「陣平」
ほいと差し出すと、あ?と振り向かれた。些か態度が悪い様な気がして、思わずそれで頭を叩く。いて、と呟いて、文句を言うような目で睨まれた。そんなの効くわけがないだろ。

「…取扱説明書」
ぱさりと手渡されたそれを直ぐにペラペラとめくり出す。みるみるうちに原型を取り戻す扇風機を見て、俺はまたため息をついた。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -