▼ 見えない時計の針を逆回し
4話
「死ね!短小!!!」
少女の見開かれた瞳は綺麗な鶯色の瞳で、少し潤んでいた。
そんな綺麗な瞳とは正反対な罵倒を言い放った少女は即座に走り去って行った。
は?
シリウスブラックは一瞬何を言われたのか理解できず、口を開けて少女の走り去って行った方をただみつめた。
…
「はぁ!?」
しばらく少女の言葉を反芻して、やっと理解できた頃には半分ほど時間がすぎていた。
あの女は昨日フィルチから逃げていた時にいた女だ。あそこにあのままいられれば間違いなくチクられているか、あの女が疑われていたはずだ。
その上で俺が絵画の中に連れ込んで助けたというのに、アイツは俺の股間を握りしめ、先程の暴言を浴びせてきた。
なんなんだよ!!自分だけが被害者です、みたいなあの態度は!?
怒りがふつふつと込み上げてきたところでふと聞き覚えのある声が聴こえた。
「ぷっ。今回は随分と破天荒な女性だね。」
相変わらず今日もくしゃくしゃな黒髪を揺らして笑う親友――ジェームズ・ポッタ―― は横にある''蝋燭の抜け道''から抜けてきたらしかった。
「そんなんじゃねぇよ!!」
あんな女がいてたまるか。
マジでありえねえ。
「スリザリンにもあんなトリッキーな女生徒がいるなんて逆に興味がわくよ。」
「はぁ?お前の趣味最悪だな。」
第一お前はエヴァンズにしか興味ないだろといえば、当たり前だろと返してきたので会話は諦めた。
さっきの女、たしかレーベラ・バレンシアは、テストの時によく俺と次席の座を争っていたはずだ。
スリザリンとの合同授業でみたときは、できたいい子ちゃんだななんて思っていたが、蓋を開けてみればとんでもない女だった。
あんないかにも優等生です。みたいな顔しといて俺にあんな…
「なあ、俺って小さいか?」
少しズボンに手をかけ見やって親友に問いかける。
いや、そんなことはないと思っているが、念の為だ。
「おえ、気色の悪い質問はやめてくれるかい。さっさと教室いくよ。」
仮にも親友がこんなに酷い言葉を浴びせられたと言うのに酷い言い様だ。
吐く小芝居までつけて、さっさと先を歩く親友の背中をかるくどつく。
いや、小さくない、よな?
「というかあれはそもそも君が…あ、エヴァンズだ!!」
途端に声色がワントーンあがり、数歩先に現れた赤毛のロングに近寄って行った。
親友をほっぽって女に尻尾を振っているジェームズに苛立つというより呆れかえる。
はあ、とため息をついてその薄情な背中を眺めた。
*
「パッドフット、おい、いつまで昼寝してるつもりだ。」
揺れ動かされる体に不快感をおぼえ、重いまぶたを開く。
顔を上げて横をみれば、やれやれとハシバミ色の瞳を細めてこちらを見る親友がいた。
たしか今は魔法史だったような。
「もう授業は終わったよ」
少し不機嫌なジェームズから目を外すと、ムーニーが斜め後ろの席で頬杖をついていた。
その横にもワームテールがいたが、他にこの教室に残るものは誰一人いなかった。
ずっと寝てたのかよ。
まだぱっとしない頭をふって目を擦り立ち上がる。
「君の魔法史があの点数なのはやっぱり納得いかない。」
寝癖ができた俺よりひどい黒髪の持ち主に、お前も大して変わらんだろ、と思ったが、眠いので言わせておく。
「次って何?」
「呪文学」
すかさずムーニーが答え、俺達は呪文学の教室に向かった。
…
呪文学はスリザリンとグリフィンドールの合同授業で、授業中どさくさに紛れて呪文やイタズラを仕掛けるのが日常だった。
同じく呪文学の教室に向かうスリザリン生達はいつものごとく俺たちを避けるか嫌な顔をするかしている。
そして例に漏れず目の前の女もそうだった。
教室に入ってすぐ目についた。
優等生らしく1番前に座っているようだ。
一瞬目が合ったと思うと顔を思いっきりしかめて、ふん、と顔を横に振った。
なんだアイツ!
こっちだってお前の顔なんてみたくねーつの!
横にいたジェームズが気付いたようで、若干馬鹿にしたような笑いを浮かべる。ムーニー達は不思議そうな顔をしたものの何かを聞いてくる様子はなかった。
貴方なんかみえてないですよ、とでも言うように教科書に目を落とすバレンシア。
無性に腹が立つその姿に俺は絶対アイツに何かしてやる。と、決心して俺は珍しく前の方の席についた。
フリットウィックが積み上げられた本の上に登り終えたところで、授業は開始された。
少し高めの声で身振り手振り説明するフリットウィックが言うには今日は呼び寄せ呪文の練習だった。
「いいですか。杖を取り寄せたい物体のほうに真っ直ぐ向けて、アクシオと唱えます。びしっと。
そして、アクシオの後に取り寄せたいものの名前を言うことも忘れないように。
いいですか、びしっ!ですよ。
それではペアで練習してみましょう。」
その言葉を合図に一斉に皆が杖を持った。
教室は一瞬にして生徒達の呪文の声で満たされる。
隣の席の人の羽根ペンを取り寄せる、という比較的簡単な実技だ。
そこまで手こずらないだろう。
隣に座るジェームズが、早速杖をふる。
ひゅんっと俺の羽根ペンはジェームズの手に収まった。
「これ、結構勢いあるな。」
思ったよりも勢いがあり、ジェームズは若干たじろぐ。
しかし、前の席のパーサーは呼び寄せた羽根ペンが顔面にあたって呻いていており、ちゃんと使えている人間はあまり見受けられなかった。
さすが親友。
これはなかなかいい呪文だな。
頬杖をつきながら自分も杖を振る。
少し勢いがありつつもしっかりと手に納まった。
手の中のジェームズの羽根ペンを見つめた。
羽根ペンの先は黒く潰れている。
そろそろ買い替えた方が良さそうだな。
次のホグズミードで俺も何本か買い足そう。
グイッ
「うぉっ…!」
突然首元を引っ張られたような感覚がしてバランス崩す。
横を見上げるとにんまりと嫌な笑みを浮かべた親友が俺のフードをしっかりと握っていた。
「スマートすぎて腹立つ。」
理不尽な理由だったがそこはスルーする。
どうやら呼び寄せ呪文を俺の服にかけたらしい。
「これ、スニベルスに良いな。」
そう言って斜め前の席を見つめた。
ねっとりとした黒髪をゆらして、アクシオを練習している。
そのスニベルス越しにバレンシアも見えた。
どうやら両者とも呪文には成功したようで、ペアの生徒に教えていた。
そこで俺もジェームズも同じくにんまりと笑みを浮かべた。
これだ!
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