▼ 溶けだした甘さは熱に変わる
3話
「あぁ、おはようMsバレンシア!」
艶やかな茶髪をゆらして振り向くバーキンス先生。
今日も眩しい笑顔で迎えてくれる。
随分遅れてしまったと思っていたが、まだ生徒は1人もおらず私はいつものごとく一番のりだった。
あんなに長く感じられたアレも一瞬のことだったのか。
「おはようございます、バーキンス先生!」
どうやら資料を整理してたらしく、教卓まわりはごったがえしていた。
基本的に数占い学の教室は資料が散乱しているイメージだが、この間みたときよりはるかに沢山ちらばっていた。
「先生、手伝います!」
教科書を机に置いて教卓の方へ駆け寄る。
先生はありがとうと軽く笑って言って、杖をひと振りしスペースを開けてくれた。
「日付けをみてわけてるんだ。これが結構大変で、3日ほどこの状態だよ」
両手を上げてやれやれと嘆く先生に私はつい笑ってしまった。
たしかにこの山ほど積み上げられた資料を仕分けるのは、魔法を使っていても骨の折れる作業であることは一目でわかった。
「私でよければいつでも手伝いますよ。」
いくらなんでもこの量は大変だ。
先生が可哀想で私は手伝いの申し出をした。
先生は目を丸くして、こちらを見た。
見開かれたコバルトブルーの瞳は透き通っている。
先生はその瞳を優しげに細めて笑った。
「君は本当に優しい人だなぁ。
あれ、バレンシア、今日何かあったのかい?」
すこしどきりとして手の動きを止める。
「いつもよりなんだかぎこちない。」
手鏡で練習した笑顔ではやはり微妙だっただろうか。
あまりバレたくなかったので、曖昧な表情を浮かべる。
「ちょっと嫌なことがあって…。
でも大したことじゃないです!」
あまり気づいて欲しくなかったが、先生が気づいてくれたことに言い知れぬ幸福感を感じた。
その事実だけで私は胸がポカポカとあったまる気がしかた。
「そうか、それはいけないな。」
先生は何か考えた素振りをした後、セピア色のジャケットのポケットから飴玉を取り出した。
「甘いものがあれば誰でもハッピーになる、そうだろう?」
いたずらっぽく笑った先生に少しどきりとする。
促されて飴玉を手に握る。
オレンジの水玉模様の可愛らしい包み紙だ。
先生がこんな可愛らしい飴玉をもっていることが、なんだかおかしくて笑ってしまう。
「笑うんじゃない」
と言われてしまったが先生も笑っているので説得力がない。
包み紙を開いて、口に含んだ。
「甘い…」
じわぁと舌に伝わる甘さ。
思ったよりも甘いそれは舐める度に舌をじんわりと温めた。
いつも食べる飴玉とはなんだかちがっていた。
いや、これは飴玉の味というより先生による効果だろうか。
「ありがとうございます。」
少し照れくさくなって頬をかく。
先生が満足そうな顔をして笑った。
「バレンシア、今日はもう大丈夫だよ。今度たっぷり手伝ってもらうからね。」
にっこりと笑ってみせた先生に胸が高鳴った。
「はい、わかりました!」
杖をしまい、軽くお辞儀する。
するとガラリと教室のドアが開き、生徒が何人か入ってきた。
少し熱くなった顔を振って、資料の山を踏まないようあとを返した。
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