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▼ 沸騰する水銀

2話

さっ、ささっと、素早い動きで物陰を移動していく。

今日の私はジャパニーズニンジャさながらの動きであろう。

「レーベラ、恥ずかしいからそれ辞めてくれる。」

同室人のティーディカ、通称ティティが私を訝しげに見つめる。

「ティティ、私しばらく日元では暮らせないかもしれないわ、にん」

にん、ってなによという冷たい視線も意に介さず私は再び周りに注意を向ける。

「じゃあ私、占い学だから。」

そう告げて足早に私の元を離れていくティティに若干の不安を覚えつつ手を振った。


ヤツとの接触は避けられないが、ようは直接合わなければいいのだ。
授業中は少からず先生や周りの生徒がいるし、幸いなことにスリザリンとグリフィンドールは綺麗にぱっくりと座席が分かれている。
そう、移動中にさえあわなければ



「よう」

ああ

少し既視感のある体が回る感覚に私は体を強ばらた。
しかし、前回とはちがってどしりと打ったのは尻ではなくて背中であった。

背中には冷たい壁、肩は骨ばった手でしっかり握られ、口は昨日のようにその手で塞がれていた。

そして今私が最も会いたくない相手、シリウス・ブラックがゆっくりと腰を曲げて私の顔をのぞき込んだ。
ヤツは口角を不気味にあげて笑った。
「ひっ」
蛇に睨まれた蛙である。

不幸なことに人通りのない道を選んだせいで助けを求めれるものはいない。
愚策だった。

それを見かねてか、彼は人差し指と親指をゆっくりと動かし、ぐにぃと結構な力で私の頬をはさんだ。
私は無様にもタコの顔面である。

「昨日は随分な挨拶だったじゃねえか」

ホグワーツ生はスリザリンをゲス野郎のように扱ってくるが、この極悪人ズラを全校生徒にみせつけてやりたい。
間違いなく善良なスリザリン生と犯罪人顔のグリフィンドール生だ。

「それはこっちのせりふだわ!
わたしはあっとうてきむじつよ!」

頬を挟まれながら必死の弁論を述べる。
多分私は史上最強に滑稽だろう。
でもそんなことは関係ない。
昨日のアレを思い出し顔を歪めるシリウス・ブラック。

「そんなことはどうでもいいんだよ。
いいか?昨日あの場所にいた事を誰かにバラしてみろ。タダじゃ置かないからな。」

さらにぐいっと頬を挟む力を強め、鋭い灰色の瞳が私を射抜いた。

この視線で人ひとり殺せそうだ。
と、脳で冷静に考えつつも心臓は暴れている。
あの場所にいたこと、フィルチに追いかけられていたことだ。
もとより言うつもりなどなかったので、そんなことを言うためなら私の頬は挟まれ損だ。
いやしかし、なんだこの有様は。
通りすがりの善良なスリザリン生に勝手にタックルし、仮にも乙女の体を容赦なくホールドしてきたんだよ、この男は。
そのうえ何故私がこんな上からものを言われなければいけないのだ。


「あんなセクハラまがいのことをしておいて、よくそんな口がきけるわね。」

少し腹が立ち、口から出た言葉は思ったよりも強気だった。

いやでも正当だよね?
あんなシチュエーションとはいえ、あれほど異性と至近距離になったのは初めてなのだ。
勉強とお友達してきた私にとっては結構な衝撃だった。

すると、シリウス・ブラックは怪訝そうな顔をし、
品定めするように私の事をジロジロとみた。

なんと不躾なやつだ。
本当にあのブラック家の長男か。
弟であるレギュラスブラックはもっと紳士的だったはずだが。


そして彼はふっと、性格の悪そうな顔を歪め笑った。



「こんな幼児体型に興奮するほど、女に困ってない。」




ぷつん、と私の中の何かが切れた気がする。
こいつの目は明らかに私の胸をみていた。
いや、別にちっちゃくないんですけど。
まだ成長途中だし。逆にホグワーツのラインのでない制服で目立つってそれデブだし。そもそも私の胸が有ろうが無かろうがそんなことは関係ないのだ。
人にセクハラまがいのことをして、上から目線で見下して、私の体をみて鼻で笑ったこいつに、怒らずにいれるだろうか。

というか、私はこいつが気に食わない。

いまだにへらへらと馬鹿にしたように笑っているこいつに
私がするべきことなんてただひとつだ。


「っ…!!」

私は持てる限りの力を使って頭を振った。私の額とヤツの額は見事ぶつかりガツッと鈍い音を立てる。
さすがにそんな暴挙にでると思わなかったのかヤツは状況を掴めていない。
ふらついている体を思いっきり突き飛ばす。

私は生まれて初めてこんなに汚く下品な言葉を使っただろう。
でも、それほどに私は憤慨していたのだ。

「死ね!短小!!!」






後ろなんて振り返らずに数占い学の教室めがけて走った。

あの最低男、どういう神経してるのかしら。
顔がいいからってモテてるかもしれないけど、あのお粗末な性格には誰も何も言わないの!?
ほんっとにありえない。

私は怒りがおさまらず、周りから見ればとてつもなく殺気立った様子だろう。
道行く人に若干避けられつつ数占い学の教室につく。

そこではっとして私はポケットにある手鏡を取り出した。

うわ、ひどい顔。
怒りで口元が歪み、目付きも最高に悪い。
危ない危ない。
数占い学はバーキンス先生の授業なのだ。
かっこよくて、面白くて、授業もわかりやすい、とても優しい先生で、私の憧れだ。
もちろん生徒からの人気も絶大で、告白は後を絶たない。

手鏡の前でハニーデュークスの牛乳味ヌガーを思い浮かべ、最高の笑顔をつくる。

周りの視線が痛いがもうそれは無視する。

よし。いい笑顔だ。

最後にもう一度ニッコリと笑って私は教室のドアを開けた。




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