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▼ ロマンチックの欠片も無い

1話

私はこの日、いつものように変身術についてマクゴナガル先生に質問しにきていた。
丁寧にわかりやすく教えてくださったので私は非常に満足していた。
そう、とても充実した一日の終わりだったのだ。

随分と長い間話したせいか窓から覗く湖面は既に綺麗な満月を映し出していた。
消灯時間もギリギリなので、どの談話室からも離れたここは人の気配等感じられない。
いつもなら余裕を持って談話室に戻るところだけれど、水魔法生物の変身術の危険性について白熱したマクゴナガル先生と私では数時間などあっという間だったのだ。

先程の時間を思い出し、ふふ、と笑みをこぼす。
コツコツと冷たい足音だけが響き、仄かな蝋燭の火が照らす夜の廊下は思ったよりも不気味だ。
梟の鳴き声は静寂のなかに響いていた。

突如、誰かが走ってくる音が聞こえた。相当慌てているようで、ここから1番遠い天文台のグリフィンドール寮生なのだろうか、と呑気に推測して音の方を見遣ると、やっぱりグリフィンドール生であった。

ちょうど少し離れた角を曲がってきた赤いローブの生徒はこちらに向かってくる。
しかしあまりの尋常ではない走り方に私もさすがに違和感をおぼえ…たころにはもう遅く、そのグリフィンドール生に私はタックルを食らわされていた。
いや、正確にはそのままの勢いで腹ごと持ってかれたというのか。

突如視界が反転して、なにが起こったかわからないまま尻餅を着いた。
そんなに出会い頭にタックルをされるほどグリフィンドールはスリザリンが気に食わないのかと、驚きと怒りが混在する中自分の様子を確かめた。

視界は真っ暗。
腹部はしっかりと男の人らしい骨ばった手に抱き抱えられ、そのもうひとつは私の口をまたもしっかりとふさいでいた。
どうやら後ろから抱き込まれているようで相手の顔は見えなかった。

いや、どういう状況だこれは。
視界も悪くやはり把握しきれない状況に私の頭がパニックになる。

「静かにしろ」
耳元でいきなり男が話したものだから、私は動揺して変な声が出そうになる。
察してか、男はさらに力を強め、密着度はこの上ないほどになる。

もしかしてこのまま誘拐?
スリザリンの女子生徒が昨夜何者かによって逆さ吊りにされていた、前代未聞のホグワーツ殺人事件なんてことになるのでは?
いやでも、トイレにいる嘆きのマートルもそうだから私は2人目?
次々と浮かんでは消えていく疑問に頭を占領されてると、耳に後ろの男とは違う男の声が聴こえた。

その男はどうやらかなりご立腹のようで、叫び散らす言葉は怒りに震えている。

「子鼠め!!逃げていたってそこにいるのはわかっているんだ!お前の小汚いローブにマッチをかざして燃やすことなど私には造作もないんだぞ!!」

そこまできて、頭の情報は煩雑に散らかったまま、その声の主に気がついた。アーガスフィルチだ。

真面目で優等生な私にさえいきなり怒鳴り散らしてくるような男で到底好意的な感情は持ってないが、この状況は彼に頼る他ない。

「たすっ…!!!」

叫ぼうとしたが私の口は即座に閉じられた。
どうやら黙らせ呪文だ。くそう

フィルチの怒鳴り声とかぶって聞こえなかったようで、どんどん声が離れていく。
いやだ、私まだやり残したことがたくさんあるんだ!今は全然できないけどアニメーガスにだってなってやるし、難しいけど、守護霊の呪文だって完璧に覚えたいんだ!
離して欲しい一心で私は精一杯暴れた。
それはもう陸に打ち上げられた魚のように。

やはりガタイが良さそうな男には適わず、ヤツの腕の中で暴れるだけであった。

一瞬、私の手がなにか柔らかいものに触れた。
無我夢中だった私は、それを条件反射で力いっぱい握った。


男は一瞬声にならない叫びを上げたかと思うと、拘束する手が緩まり私は力いっぱい抜け出した。

ドサッと本日二回目の尻もちをつく。
どうやらそこは先程までわたしがいた廊下で、目の前には絵画が転がっている。
この中に入れられていたのか。
元の絵画があった場所に目を向けるとそこには痛みに顔をゆがめたグリフィンドール生、いや世間話に疎い私でも知っている、シリウス・ブラックだった。

誰もが知っているであろう彼を目の前に私は拍子抜けして随分マヌケな顔で彼を見た。

はっとして周りを見渡すがフィルチはもういない。
取り敢えず、一方的ながら見知った顔に私は息を吐いた。
今の状況は多分この男がフィルチからにげる最中だったのだろうと推測する。
この奥にいくとマクゴナガル先生の部屋しか無いし、まさに袋の鼠だったわけだ。
この絵画の奥がこんなふうになっていたなんて…と、少し好奇心を抱いたところでふと我に返る。

目の前には未だに股の間を押さえて悶絶している彼、と、先程の感触。

数秒思考したあと、私は辿り着きたくない答えに行き着いた。
いや、でも、何かの間違い…


「お前オレの…オレの股間を…!!!」

私は全てを忘れたくなった、
刹那、私はそこから脱兎のごとく逃げ出した。

あの様子じゃ今全力で走っている私には追いつけまい。
悪気はなかったのだ。
というか、そもそも私は巻き込まれたにすぎない。
私は至って善良なホグワーツ生であって、よく狡猾と揶揄されるスリザリンといえど性格はそれなりに良いと自負している。
ただあの校内をさわがせる問題児シリウス・ブラックにとってそれは関係ないのかもしれない。
脳内で様々な言い訳を思い浮かべながらやっとのことで談話室に入る。

時刻をみれば消灯時間を過ぎていた。
どうしよう、誰かに見られてたら…。
まあでもフィルチには見つかっていなかったし、大丈夫だ。

もう火の消えた暖炉を横目に階段を登った。
久しぶりにこんなに全力で走ったせいか体が少しだるい。
まだまだ未来ある15歳がなんてことだ…たまには運動しよう。


部屋につき、そっと扉を開ける。
同室であるティーディカ達はもう深い眠りについている。
起こさないようにベッドに近づき入ると、はぁーと大きなため息を吐く。
明日はたしか呪文学がある、課題や予習はもちろんのこと、その次の予習すらすませているが、なによりグリフィンドールとの合同授業だ。
ああ、こんなことならあの場で土下座でもすれば良かったのだ…。
いやいや、私は悪くない…よね。

シリウス・ブラック、全校生徒が1度は耳にする名前だろうが、スリザリン生には良くも悪くもその名を知らぬものはいない。
我がスリザリン寮では彼や彼の親友のジェームズポッターをはじめとする『悪戯仕掛け人』の悪質なイタズラ被害が後を絶たない。
そしてそんな忌々しき仕掛け人のシリウス・ブラックは、かの有名な聖28一族、ブラック家の長男であり、グリフィンドールに組み分けされた異端児であった。

とにかく、スリザリン生にとっては憎き野郎なのだ。

しかし、彼らの実力は敵ながら認めざるをえない。
なにより首席はジェームズポッター。さらに次席は私と争いつつのシリウス・ブラック。たしかルーピンとやらもそれなりに頭が良かったはずだ。

改めて考えるととんでもないやつにとんでもないことをしてしまったと震える。
明日私は生きて帰れるのだろうか。
ああ、何故私がこんな目に…。
不安消えやらぬ中で私はココ最近で1番寝心地の悪い眠りについた。






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