▼ インクは滲み
18話
苦しいと思った、彼に拒絶の目を向けられた時。
好きだったのかな、やっぱり。
なんで彼のことを好きになったんだろう。
私には家しか無かった。その言葉通り昔は家から出ることは禁じられていた。何故そうなったか覚えていないけれど、お母様は特に私が外に出て人と話すことを許さなかった。
次に、11歳になった私は新たな場所を知った。ホグワーツだ。お母様はスリザリン生以外と親しくすることを酷く嫌った。
3つ目に私が知ることになったのは、ホグズミードだ。正確に言うと私の記憶に無いうちに一度行ったようだが、覚えていないのでこれを初めてとしよう。これはシリウスが連れて行ってくれた。
そういえばこの時私はお母様との約束を沢山破ってしまった。グリフィンドールと親しくしてしまったし、許可されていなかったホグズミードに行ってしまったし、学校の校則も破ってしまった。罪悪感など捨てて、彼との時間を楽しんでしまった。家族の事なんて忘れていたと思う。私は酷い娘だ。
正反対の彼が教えてくれた。なにもかも初めてだった。そうそれだけのことだ。目新しい体験に浮かれていて、そしてそれを体験させてくれた彼を好きだなんて勘違いしてしまった。あの日、優しくしてくれた彼を好きになった。そして、“優しい彼”はもういない。
この気持ちは間違っていたと気付いた。
だからもう、私は彼の事を好きじゃない。
…
「いっ…」
パラパラと手のひらから落ちたのはガラスの破片、そしてジュワリと溶け落ちる液体。
肉を焼くような嫌な臭いが鼻についた。
「レーベラ!?」
横にいたティティが目を見開いて私に駆け寄った。
「大丈夫、これくらい」
彼女は私の言葉は信用出来ないとでもいうようにこちらを見た。
そういえばこないだレギュラスに無茶をするなと窘められたばかりだとふと思い返す。
「アイツら…」
強く握りしめた彼女の拳は白くなっており、反対に彼女の顔は怒りで赤く染まっていた。
どうやら犯人は向こうでこちらをクスクスと笑っているいつものグリフィンドールのやつらだった。
「ティティ、医務室に着いてきてくれる?」
今にも手を出しそうなティティを抑えようと、医務室に誘いだそうとする。
しかし彼女は怒りを抑えきれないらしかった。
「グリセオ!!滑れ!」
バチッ
魔法がぶつかり合う音。
呪文の矛先にはシリウスがいた。
「なっ!?」
教室中にガラスが激しく割れる音が響いた。
シリウスによって容易く弾かれたグリセオは、同寮であるスネイプに直撃した。スネイプが足を滑らせ持っていた薬品を床にぶちまけてしまったのだ。
派手に音を鳴らしたせいで、先程まで後方の席の生徒をみていたスラグホーン先生もさすがに気づき、駆けつけてきた。
「何事かね!!」
クラス中が何事かと首をのばして、好奇の視線を注いだ。
渦中のスネイプが顔を赤くして、こめかみにうっすらと青筋を立てているのが見えた。
「すみません先生、誰かが落とした混ぜ棒に躓いてしまったようです。」
嘲笑するグリフィンドールの生徒達には一瞥もくれず、スネイプはスラグホーン先生に凛とした態度で、流暢に空言を並べ立てた。
「そ、そうかね?とりあえず、手が破片で血だらけだ。医務室へ1人でいけるかね。」
「はい、大丈夫です。」
「あ、あの!」
「その、私も怪我をしてしまって、一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
割り込んだ私をスネイプは怪訝な目でみた。
スラグホーン先生はこれまた珍しいというような顔で私達2人を見比べる。
「なんとミスバレンシアも!大丈夫かね?」
「はい、軽い火傷です。」
傷口を見せるとスラグホーン先生は、困ったように、大袈裟に眉毛を下げた。
「傷が残ると良くない、2人とも医務室に急ぎたまえ。」
「はい、先生。」
隣のスネイプはそう言うと、すたすたと先を進んで行った。
「他の皆も怪我に十分気をつけて、引き続き調合を続けなさい。」
後を追うように教室の出口扉を開け、先生の言葉と共にドアを閉じた。
教室のざわめきもパタリと消えた。
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