▼ あなたは金属のように
17
「本日の授業はこれまで、課題は日曜日に提出。忘れないように。」
その先生の声を合図に皆各々囁きだした。
これからのテストに向けてについてか、はたまたそんなことはどうでもいいらしい声がちらちらと聞こえる。
「先生、質問良ろしいでしょうか」
授業中に質問を書き込んだ教科書を片手に木製椅子から立ち上がる。
「あぁ、こちらへ来なさい。」
バーキンス先生は今日も爽やかににこりと微笑んで手招きをした。
数占い学の授業は特に苦手で、私は授業後に必ずと言っていいほど質問をしに来ていた。先生の助けなしにこの授業は乗り越えられる気がしない。
「また先生に媚び売ってるわよ」
ざわめく教室のなか、はっきりと私の耳に響いた。
声の主らしい彼女は私が足を止めたのを満足気にみつめる。
「必死に内申点稼がないとまた2位だものね。」
もう1人の女がクスクスと笑い、じろりと私を見る。
グリフィンドールのレティシア、それのひっつき虫のキャス。意地悪くつり上がった眉目と、グルグルと巻かれた髪の毛がよく似ている。
彼女らに好意的な態度を取られた記憶はなかったが、こんな風に悪意に満ちた態度を取られる様になったのはつい最近だった。
「今度はレギュラスブラックに取り入ろうとしてるそうよ」
彼女らと目があったが、態度を改めるつもりは無いようで、むしろ面白がるように2人で目を合わせてクスクスと笑っている。
相手にしたらダメ、毅然とした態度をとらなくちゃ。聞こえていないように私は立ち去ろうと歩を進めようとしたその時だった。
「あら?あなたってシリウスの‘’オトモダチ”?」
そういって間を割って入って来たのは、黒髪の彼女、いつもシリウスの横にいた女の子だった。
ニコリと恐ろしく綺麗な顔で唇をきゅっと弧を描いた形にした彼女。
ローブと制服に包まれた背中にじわりと汗が滲むのを感じた。
艶やかな黒髪をかきあげる彼女は自信たっぷりな笑みでこちらを見る。彼女の経歴に、自信を損なわせる出来事なんか微塵もなかった、そう思わせるようなオーラだった。
「いじめちゃ可哀想よ。
シリウスが最近気に入ってるそうなの。」
高くてゆったりとした声で黒髪を揺らした彼女は憐れむような目で私を見る。
レティシアとキャスは顔に若干不安な色を滲ませながらお互いを見つめ合い、どうやら‘’上の人間である”黒髪の彼女の意向を探ってるらしい顔をした。
「シリウスとはどういった‘’トモダチ”なのかしら?」
ふんわりと笑った彼女の顔は、綺麗なだけに恐ろしく感じた。
「やめろ、ターシャ。」
突如後ろから聞こえた低い声に私は肩をふるわせる。
その声には聞き覚えがあった。
「あ、シリウ…」
「スリザリン女とか無理だから」
嘲笑うように言うシリウスの目は酷く冷たい色だった。
「シリウスったら、ひどーい」
クスクスと嫌に高い笑い声が頭に響いた。
周りの囲い達も面白そうに笑っている。
一瞬理解が追いつかなかった。
記憶に新しいつい先日の彼は私に、放課後バーキンス先生のとこへいこうと、聞いてきた。
その時彼は暖かくて優しい笑顔で、かっこよくて、眩しくて、その時も私は素っ気ない態度をとったっけ。
自分の気持ちがバレたくないから、彼に見つめられたら冷静を装うことが出来なさそうで。
彼への気持ちを自覚させられそうで、私は彼の顔をしばらくまともにみてなかったっけ。
久しぶりにみたのだ。シリウスの顔を。
私を見つめる瞳は冷えきっていてた。
他のスリザリン生に向けていたようなあの瞳だった。
「血が汚れるってヒス起こすだろ」
体に這う虫を見るような冷たい表情をしたシリウスに私は視線を床に落とした。
「やだシリウス、それ最高!」
「純血主義の‘’純潔ちゃん”だもんね」
下品にケタケタ笑う彼らの声がどんどんと遠のいていくようだった。
耳を塞いだように、消えていく。
知らない。私は知らないこんなシリウス。
私が……好きになったのは、こんなシリウスじゃない。
こんな酷いことを言う人じゃない。あったかくて優しくて、だからこんな人じゃない。
「…ほっ…といて、ください。」
口から出た言葉は聞き取られたかわからない。
何故か敬語になっていて、それがさらに情けなくて。
皆の顔は見れなかった。
見たくなかった。
私は下を向いたまま、そのまま教室を飛び出した。
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