▼ ガラスの向こうには触れない
12話
私を鋭く射た灰色の瞳。
久しく向けられたことのなかった敵意の視線。
食事をしている間も目の端に映るレギュラスブラックは私を見つめていたような気がする、勘違いかもしれないが。
ほどなくして、パンも喉を通らない私は早々に朝食を切り上げた。
喧騒を大扉で閉じた後に、静かな廊下を歩く。
しかし、実を言うとパンが喉を通らなかったのはレギュラスのせいではない。私の胸の中を占めていたのは、シリウスだった。
昨日は、どうやらあの夢のような体験の余韻に浸る間もなかったようで、朝起きたらわたしはベッドに沈んで眠りこけていた。
朝起きた時からはずっと昨日のことを繰り返し思い出しては、温かい幸福感で満たされている。
それと同時に、昨日シリウスがみせたあの優しい瞳を思い出してしまう。
それだけならばいい話なのだが、安らかな気持ちと同時に、どうも胸をざわつかせるものがある。
ハラハラと体のどこだか分からない、内側が熱くて、そう。なんだかこれは、本でよく言う、『好き』みたいなーーー
「おい」
「ぎゃっ!!」
突然、目の前に降ってきた顔に私はたじろぐ。
なんで、ここに!
私の身長に合わせ、腰をかがめたシリウスが私を覗き見る。
灰色の綺麗な瞳が私を真っ直ぐに見つめる。
私はもしかして、シリウスのことが好き、になってしまったのか。と疑問を投げかける前に体は正直に体温を急激に上げていく。
どうしよう。私を見つめる灰色の瞳に全て見透かされてるようだ。
今、こんなにも取り乱している心を読まれてしまうかもしれない。
「顔、あっか」
「赤くないわ!」
これ以上は耐えられない気がして、
シリウスの胸を押して、至近距離にあった顔は遠ざかった。
「昨日、ちゃんとベッドに入れたのか?」
昨日と同じように優しい声色で、前までこんなのじゃなかった。前までのシリウスは、ただただ人を馬鹿にして、自分以下の人間を嘲笑ってる嫌な奴に見えた。実際そうなのかもしれないけど、トゲのないシリウスは違和感が凄くて、慣れない。
「…大丈夫」
「帰りたくなーいって駄々こねてたけど、いけたみたいだな」
からかうようにそう言って、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「言ってないわ!」
なんだか子供のようなあつかいに余計に恥ずかしくなって、その手を退ける。
ケタケタと笑っているシリウスにむくれていると、シリウスを呼ぶ声がした。
シリウスと同じような黒い髪の女の子だ。
シリウスのもとへ駆け寄ると、彼の腕に手を巻き付けた。
あまりにもそれが自然だった。
其の瞬間、さっきまでの昂っていた心が一気に冷えたようなか気がした。
「おいていくなんて酷いじゃない?あんなにいっぱい食べれないわ」
「あーわり」
シリウスと似た綺麗な黒髪をかきあげたその子はなんとも色気のあるまつ毛に、つり上がった眉毛、唇だって厚くてセクシーだ。
熱のこもった瞳でシリウスを見上げたあと、私の方に目を向ける。
綺麗な人。
彼女は、とても礼儀があるとはいえない値踏みをするような目で私をじっくりと見る。
「シリウスのお友達?」
一瞬身構えた私だったが、
にっこりと嫌味なく笑ったその顔はどことなく、敵では無いとでもいったような自信に満ちた笑顔だった。
「…いえ、……ただの顔見知りです。」
ああ、なんか
「あら、そうなの?随分可愛らしいお友達ができたと思ったのに!」
「保護者気取りやめろ」
なんだか、忘れていたみたいだ。
私なんかとは、住む世界が違う人だった。
シリウスの周りにはこんなにキラキラした人達がいっぱいだ。
自信に溢れていて、美しくて。
なにが好き、だ。たったあの日、優しくしてもらったからって、簡単に意識してしまうなんて、
なんて惨めで、滑稽なんだろう。
2人の声はどんどん遠くなっていって、私はシリウスにお礼だけいって、足早にその場を去った。
あんなに嫌いだったはずなのに、優しくされて、思い上がって、恋だなんて。
馬鹿馬鹿しい。
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