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▼ 細める瞼は冷えたまま

10話

早朝、誰もいない談話室でレギュラスブラックは一冊の本を見つめたまま沈思黙考していた。

『カルマナンバーの活用とその歴史』

少し古びた紺の革の表紙の上に堅苦しい字体でそう書かれた本は、タイトルから察するに数占い学関連の本で、それも随分とマニアックだ。
これはレギュラスのものではない、拾ったものだ。昨日ホグズミードのスクリペンシャフト羽根ペン専門店で羽根ペンを物色してたところ、珍しくホグズミードを訪れていた兄(母上からは許可証をもらっていない)といた女が落とした本であった。
本来ならばべつに拾ってやる義務も、持ち主を探し渡す義理もないのだが、レギュラスはこのマニアックな本に見覚えがあった。

レーベラ・バレンシアだ。

僕はこの静かな談話室と朝の澄んだ空気が好きで、毎日朝早くにここで読書をするのが趣味である。そして、この時間に唯一起きてくるのがレーベラ・バレンシアなのだ。
彼女とは軽い挨拶くらいで特になにかを話した記憶はない。ただ記憶にあるのは母方がブラックであったというくらいだろうか。あとは…頭が良かった気がする。
特に親しいわけでもないのだが、彼女の読む本はいつも独特で、彼女が何を読むかというのを当てることが密かな日課であった。我ながらしょうもない日課であるが、図書室の本をほとんど読み尽くしていた自分にとっては目新しいタイトルを知る事が少し楽しかったのだ。
そしてこれを拾ったその日の朝にバレンシアが読んでいた本が、昨日兄と一緒にいた女が落とした本と同じなのだ。
あんな本を同じ時期に借りる人間なんて2人もいない。

所謂“目立たない人間”である彼女が何故あのシリウスブラックと一緒にホグズミードにいたのか甚だ疑問であった。
しかしまだバレンシアであると決まった訳では無い。

昨日兄であるシリウスブラックがホグズミードに女といたというのは結構広がっていて、スリザリンの談話室も例に漏れることなく、その話題を女生徒達が囁くのを耳にした。
あの人は自分がどれだけ目立つ人間か自覚しちゃいない。


レギュラスがそうして悶々と考え込んでいると、自分のとは違う、軽い足音を立てながら誰かが降りてくるのがきこえた。

咄嗟にレギュラスは持っていた本を座っていたソファの後ろに滑り込ませる。
別に隠す必要も無かったが条件反射というものだ。

「おはよう、Mrブラック。」

「…おはようございます、Msバレンシア。」

降りてきたバレンシアと挨拶を交わす。
しつこいまでに装飾にこだわった掛け時計をチラリとみるといつもより随分と遅かった。
バレンシアの表情はいつもよりこころなしか明るい気がする。
そんなにもまじまじとバレンシアの顔を見るわけにもいかず、すぐさま手元の本へと視線を落とした。

適当な椅子に座った音が聞こえたあと、バレンシアはいつものようにローブの懐から本を取り出そうとごそごそと袖を漁った。

レギュラスは様子を伺うようにチラリと前髪の隙間から覗き見る。

やはり本はなかったようで、ローブから本は出てこない。
本が無いとわかると、焦ったような表情をしてバレンシアはポケットやらなにやらをひっくり返して探し始めた。
ポケットから次々と出てくる大量の文具や、教科書に若干レギュラスはたじろぐ。

何かを漁る音だけが響いているこの奇妙な沈黙。
いよいよ顔を青くして焦るバレンシアが哀れに思えて、レギュラスは言葉をきりだした。

「Msバレンシア、お探しものはこれですか。」

僕が急に喋ったからか肩をびくりと震わせてバレンシアはこちらを振り向いた。

そしてその鶯色の瞳が僕の手にある本を捕え、その目をぱっと輝かせた。

「…え、どうしてそれを?」

しかし、すぐにはっとして表情を曇らせた。
彼女は慎重にことばを選んでるようだった。

「あぁ。
……羽根ペンを買おうとしたら、床に落ちているのを見つけて、見覚えがあるなぁ……と。」

たっぷり間を開けてそう言ってみれば、バレンシアは青かった顔をさらに青くさせた。目はキョロキョロと挙動不審で、彼女の嘘に騙される人はいないだろうと確信するレベルであった。

「あ、あらそうなの。昨日、私もそこに羽根ペンを買いに行ったの。だからそこで落としたのね…!」

涼しげに細められたレギュラスの瞳に映るその瞳は動揺に揺れている。

「あぁ、そうなんですね」

そう言ってレギュラスは本をバレンシアの方へと差し出す。
明らかにほっとしたような顔で、礼をいってそれを受け取ろうとするバレンシア。
しかしその手はすか、と宙をかいた。


「シリウスブラックと、ですか?」

レーベラはそのギラギラとした瞳に体が化石した。
頭の中が真っ白になってしまったレーベラはそのままレギュラスの瞳の中に映る自分の間抜けな顔を見つめるしかできない。

「どういう訳で、あなたが兄上と?」

にっこりと綺麗に笑ってみせたその表情は兄のシリウスによく似ている。
美しく、そして凍りつくほど今のレーベラには恐ろしかった。

「あ……、人違い、よ。」

やっと振り絞ったその声はどう考えても嘘をついてるとしか思えないような言い方だと、レーベラ自身ですら思った。
自分を見つめる瞳は鋭く、頭の中すべて見透かされてる気がして、レーベラは一刻もはやくにそこを立ち去りたかった。

一方、同一人物であると確信したレギュラスは、本当に何故この女があの人と一緒にいたのかが疑問であった。
性格も真逆で、第一にスリザリンとグリフィンドールだ。
まさか何か企んでいる?

とんでもなく険悪な空気の中、
かつかつと、石畳を踏む音がした。
他の生徒だ。

ここにこれ以上留まっておく訳にはいかないと感じたレーベラは、レギュラスの手の本を半ば無理矢理に取り上げ自分の胸へとしまい込んだ。

「ど、どうもありがとう!
でも、きっとそれは人違いじゃないかしら!私、シリウスブラックと接点なんてないもの!それじゃあ、良い一日を!」

その場しのぎの台詞をつらつらと並べて談話室を飛び出した。
あまりに早い逃げ足にレギュラスは反応する間も無く、本をひったくられた指先に眉を顰める。
まあ、そんなに焦る必要も無い。
同じ寮なのだから。

「レギュラス、誰かといたのか?」

談話室に降りてきたバーテミウスが問いかける。

「いや、…独り言だよ。」

レギュラスの頭の隅に、
少しの疑問と、少しの好奇心が種を落とした。




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