▼ 硝子玉に閉じ込めたオレンジ
9話
「ちょっ、ちょっとまってよブラック!」
私の腕をつかみずんずんと先を進むブラックに躓きそうになりながらも後を必死で追う。
「待たねぇ、買うもんあんだよ。足動かせ」
「ちがうの、私、許可証が無いからホグズミードにはいけないの!」
ブラックはおそらく私が間に合わないから諦めたと思っているが、そもそもの問題なのだ。私には許可証がない。
ブラックがとんでもない近道を知っていようと私はホグズミードには行けないのだ。
ずっと振り向かずに進んでいたブラックが足を止め、こちらを振り向いた。
「は?」
「いったことないの…ホグズミード」
ブラックはしばらく私の顔を見つめ何か思案したような素振りをしたあと、すぐ様何かいい事を思いついたような顔で笑みを浮かべた。
「あぁ、そりゃあいい、初ホグズミードを俺と過ごせるなんて」
「え?」
私の反応もみないまま、ブラックは先ほどより歩幅を大きくして歩き出した。
足の長さの違いに一瞬落ち込むがこれは男女の差であると結論づけて頭を振り訳も分からぬまま足を動かすことに専念した。
許可証を持っていないのになぜブラックは私を引っ張っていくのだ。
見送りをさせて惨めな思いをしろと言うのか。この男ならやりかねないこともないが、流石にそれはないと信じたい。
ていうか、さっき初ホグズミードを俺と過ごせるって…
「うぐっ」
足を精一杯動かしながら思考に耽っていたレーベラは、ブラックが足を止めたことにも気付かず衝突する。
結構ごりっていったよね、いたい…
寒い季節になってきたので余計に鼻がじんじんと痛んだ。
「お前って結構トロイよな…」
馬鹿にしたような顔でもなく、わりと呆れ顔でブラックにそう言われる。
そんなわけはないと一瞬過去を遡ってみたが、言い訳はできずにブラックの灰色の瞳から目を逸らす。するとレーベラは周りの雰囲気がさっきと全く違っていることに気がついた。
「ここは…?」
「隻眼の魔女だ」
いや、だからどこなんだ。
逆になんですか?とでもいわんばかりのブラックにもはや質問を諦める。
今は確かまだ昼前だったはずだが、あたりは真っ暗でしんとしている。冷たい石造りの柱が連なり、ところどころ照らす松明は不気味に青白い火を燃やしていて、いかにもな雰囲気だ。
なにより今目の前にあるおどろおどろしい不気味な魔女の像に、レーベラの小さい肝はさらに縮こまっていた。
「…っていうか、こんな所で止まってどうしたの?はやく先生の所に行かなきゃ…」
そういってはやくここを立ち去るべくブラックを急かす。しかし、ブラックはそんな私を気にもとめず、目の前の不気味な魔女の像に手をかけた。
「ママのサインより面白いことがあるのさ」
ブラックがそういって魔女のこぶを雑に杖でコンコンと数回叩き、何かを呟いた。
すると、その恐ろしい魔女の像はズズズと質量のある音をたて後ろに退いた。
仕掛け扉…?
気になってブラックの背中からそれらをみると、退いた魔女の前には人が1人入れるほどの穴がポッカリと空いていた。
ゴツゴツとした粗雑なその穴の奥はただ暗闇が広がっている。
落ちたら永遠に出られなさそうだ…。
「よし、いくぞ。」
「…え!?…もしかして、ここ、ちょっま」
私の言葉など聞く前にブラックは私の手を引いて穴に滑り込んだ。
「うわあああ!!」
…
がやがやとした人だかりの中、レーベラは目をぱちぱちとさせ、マヌケな顔で突っ立っていた。
おい、とブラックに声をかけられてはっとしてそちらを振り向く。
「こ、ここ、…ハニーデュークス!?」
「あぁ、どんなところかくらいは知ってるだろ?」
「…えぇ…友人が、いつもここの牛乳ヌガーを買ってきてくれるの」
「そりゃあ趣味がいい、おれは大っ嫌いだけど」
「…」
いつもの皮肉もスルーして私がそのまま立ち尽くしていると、買うもんがある、とブラックは人混みのなかに姿を消してしまった。
目前を埋め尽くすさまざまな色のお菓子を眺めレーベラは先程のことを思い出した。
まさかあの不気味な穴がここの地下倉庫に繋がっているなんて誰が想像しただろうか。
先程穴に落ちてローブを汚したことすら忘れレーベラは食い入るようにそれらをみた。
「すごい…」
思わず感嘆の声が漏れる。
緑色を基調として、壁の上の方まで並べられたカラフルな瓶、たくさんのペロペロキャンディ、百味ビーンズ、カエルチョコなども勿論、キラキラと絶えず色を変えるビー玉のような飴、見たことの無い不思議で奇怪なお菓子達の羅列にレーベラは目を回した。
こんなにたくさんのお菓子があるお店は初めてだ。いつもしもべ妖精が買ってくるか、ティティがホグズミードで買ってきてくれる牛乳ヌガーくらいしか見たことの無いレーベラはその光景に体の内側が湧き上がるような興奮を感じた。
「“食べると凍る!ぶるぶるマウス”…“ゴキブリゴソゴソ豆板”!?
こんなの誰が食べるのかしら…!
…舐めると体が浮く!…これは少し食べてみたいかも!」
棚に並ぶパッケージの奇妙な謳い文句には、恐ろしいものやら面白そうなものやらが沢山溢れていた。
“激辛!!口から火が出る黒胡椒キャンディ”…
たしかバーキンス先生が好物だと言っていた気がするが、これはお菓子というよりただの嫌がらせ道具では…?
バーキンス先生はやっぱり趣味嗜好が変だ、絶対に。
「ねえ…あれ、シリウスじゃない?」
「あら、本当だわ!珍しい、ホグズミードにはあまり来ないのに!」
私が陳列棚を眺める横でそんな会話が聞こえ、何気なくそちらを見ると数人の可愛らしい女の子達が少し興奮したように話し合っていた。彼女達の視線の先にいるブラックに目を向けると、聞こえていたのかしまった、と言うような顔で気づかない振りをしていた。
「ねぇ、話しかけてみましょうよ!今日はジェームズ達もいないみたいだし!」
「それいいわね!ホグズミードを一緒に回れるかもしれないわ!」
その中の一人の女の子がブラックに話しかけようとしたのと同時に、ブラックは姿を消した。隣に居たレーベラですら何が起こったのかわからない。
そしてきょろきょろとする女の子と同じようにレーベラもブラックの姿を探す。
ブラックがいないと私は帰れないのだ、万が一にでも放ったらかしにされたら溜まったものでは無い。
少女達より焦ってさがしていると、ぬっと突然ブラックが横から現れた。
「うわっ、びっくりするでしょ!」
「あんま大声出すな、出るぞ。」
相変わらず私の手を引っ張って行くブラックに従って、名残惜しいまま外へ出た。
お金が無いから今日はどうせ買えないんだけど…。
しかし、その名残惜しさも吹き飛ばすように目の前の光景がレーベラの瞳に飛び込んできた。
ホグズミードだ。
立ち並ぶお店は皆にぎやかで、あちらこちらで軽快な音楽や、会話を楽しむ人達の声で満たされている。
窓ガラスの内側に見える風変わりな飾り物や人形。おしゃれなパブに、不思議なキャンディのなるおおきな木。
屋根に降り積もった雪はきらきらと輝いており、まさに絵画のように美しい村であった。
「すっごい…」
「顔がバレると厄介だな…」
そういって私のローブのフードを雑に被せると、ブラックも赤色のニット帽を深く被って歩き出し、私も後を追う。
雪を踏みしめる音が心地よい。
わたしは今、ホグズミードにいるのだ。
楽しそうなホグワーツ生や、仲睦まじい家族、恋人達、すれ違う皆楽しそうに顔をほころばせている。ずっと、憧れていたホグズミード村はこんなにも素敵だ。
まさか、学生の間にここに来れるなんて思ってもみなかった。
「ハニーデュークス、素敵なお店ね!」
「あ?」
「1度行ってみたかったの!理解できないような変なお菓子もあったけど、とても素敵なお店だったわ!」
「そりゃあなによりで。
でも、変なお菓子がなきゃつまんねぇ」
「逆にあれを買う人の心理が気になるわ!」
「スリルとイタズラだ」
絶対いらない。
「…そういえば、いつものあの人達と一緒にいなくていいの?」
「あぁ、ジェームズ達のことか。
ホグズミードの日は生徒が多くて面倒臭いからあんま来ねえ。…最近はエヴァンズのストーカーとしてたまに来てるけどな。」
エヴァンズ…といえばリリー・エヴァンズかな。彼女は有名人でよく噂をきく。
あまりいい噂ではないけれど。
ジェームズポッターや、リリー・エヴァンズ。ブラックの身の回りは本当に有名人ばかりだ。
そしてもちろん彼もそうだ。何故こんな人が私を連れて歩いてるんだろうか。
数占い学での教室での繋がり以外ではほぼ他人であった私(しかも結構散々な思い出しかない)を。
お構い無しにでかい歩幅で少し前を歩くブラックを見た。相変わらず何を考えているか分からない顔だ。
「…何だよ?」
「…い、いや、…なんでも」
…
その後にブラックのお気に入りである“ゾンコの悪戯道具専門店”や、“ダービッシュ&バンクス魔法用具店”、行ってみたかった“グラドラグス魔法ファッション店”などたくさんの店を回った。
そして私達は羽根ペンを買うべく“スクリペンシャフト羽根ペン店”に向かった。
インク独特の匂いが広がる店内ではたくさんの雉羽根のペン達がスマートに並べられており、雰囲気のあるお店だ。
中にはひとりでに動く羽根ペンもあった。
一般的なものから、上等なものや、すこし変わった羽根ペンも揃えられており、レーベラの胸が高鳴る。
毎年大量に送られてくる羽根ペンにも飽きたころだ。
洒落た木棚のうえに並べられている羽根ペンを眺めると、一際目を引くものがあった。
「ブラック、あれは?」
「あれは、グラスフォーゲルの羽根ペンだ。綺麗で丈夫で普通の羽根ペンの5倍くらいもつ。」
グラスフォーゲル。ノルウェーあたりに住むガラスのような羽を持つ鳥で、その羽は雪に溶け込むように透明白色に輝く。
とっても美しい鳥だ。
しかし、それだけ綺麗で丈夫であれば値段も高いわけで、レーベラはがっくりと項垂れた。
「まあそんなに落ち込むなって、俺が鼻毛を書いてやるから」
一瞬耳を疑うが、隣を振り向くと下衆顔で羽根ペンをもつブラック。
意味がわからない、コイツは人に嫌がらせをすることが生きがいなのか
「ちょ、なにすんのよ!やめなさい!やめろ!!」
「あぁ、ガリ勉ちゃんにはメガネで許してやっても良い」
物凄くいい笑顔(いや良くない)で羽根ペンを振りかざしてくるブラックに、私は身を捩りながらそれを避け、なんとか回避する。
やっぱりいつものブラックだった、騙された。
「こんな所でなにしてるんですか。」
突然聞こえた声にレーベラとブラックは争っていた手を止める。
レーベラは声のした方へ振り向きそうになったがその声の主に気付くと、興奮して熱くなっていた体は一瞬のうちに氷点下の温度へと下げられた。
レギュラス・ブラックだ。
顔を見られる訳にはいかない。
スリザリンの女がシリウス・ブラックとホグズミードに来ていたなんて知られればどう転んでも悪い方向にしかいかないのだ。
「あ?…関係ねぇだろ泣き虫レジー」
最初から敵意むき出しのブラックは挑発したようにそう言った。
フードの隙間からレギュラス・ブラックの眉がぴくりと動いたのが見えた。
いきなりの修羅場にレーベラはどうしていいかわからず狼狽える。
「………これ以上ブラックの名に泥を塗られては困るので。」
「塗りたくってやるよあんな家」
「ふざけるなッ!!」
今にも殴りかかりそうな2人にレーベラは咄嗟にブラックの袖を掴む。
その時の腕は少し震えていたかもしれない。
「…………いくぞ。」
袖を掴んだ手をがしりと捕まれそのまま私達は羽根ペンを買わずに外に出てしまった。
やはりレギュラスブラックとシリウスブラックは噂に聞くとおり険悪な仲らしい。
ブラックはさっきのままピリピリとした表情だ。
「あなたって本当に…どこに行っても平穏じゃないわ」
「1度は味わってみたいね、平穏ってやつを。」
「レギュラスブラックとは仲が悪いのね」
「…あぁ、あいつは……」
ふとブラックがこっちを向く。
なんだとおもってその瞳をマジマジと見つめると、ブラックは立ち止まって手をこちらにやった。
伸びてくるブラックの手に一瞬なにをされるかと怯むが、存外優しい手つきは私の鼻を擦った。
「残念、鼻毛にはならなかったな」
インクが着いていたようでブラックはそういって柔らかく笑った。
先程のレギュラス・ブラックといた時とは打って変わったその表情に不覚にも胸がどきりとする。やっぱり腐っても美形だ。
動揺したことを隠すように私はうつむいた。
「…」
「えらく大人しいな、最初のころの凶暴さは何処へいったんだか」
「普段はあんなんじゃないわよ!あれはあなたが……ぅ…と、とにかく普段はあんな事いわないわ。」
「どうだか、優等生のバレンシア」
あの忌々しい記憶を思い出してしまった。
…いや、別に気にしてないけど。
レーベラが項垂れていると甘い香りが鼻を掠める。
「いい匂い…」
「三本の箒だ。
バタービール、飲むか?」
「いいの…!?」
バタービールといえば、ホグズミード名物のひとつで、皆が美味しいと言っていた。
密かに憧れていたそれにレーベラは目を輝かせた。
しかし吹き抜けた氷のような風にレーベラは一瞬で凍らされる。
「さむ…!」
いつの間にかもう日も暮れ、あたりは暗くなっていた。制服のままできた私は、いくらローブがあるとはいえこの雪景色に耐えれる訳もなかった。休日に制服を着る義務はないが、とくに洒落っ気もない私はそのまま制服を着ていたのだ。(もちろん洗っている)
「これ巻いとけ」
私が肩を震わせると、ブラックは自分が身につけていた黒色のマフラーをぐるぐると私に巻き付けた。
遠慮なしに巻き付けられたそれは私の顔の半分を覆う。
今日のブラックは優しいな、珍しい。
失礼なことを考えながらブラックをみると、寒さで少し鼻が赤くなっており、先ほど急いで出てきたからかすこし黒髪が乱れている。
「…ありがとう。」
「ん、じゃあ、ちょっと待っとけ」
そういってブラックはバタービールを買うために三本の箒の方へと向かった。
小さくなっていくブラックの背中を見つめ、レーベラは白い息を吐いた。
私の家、バレンシア家はこんな私がスリザリンに入れたように名門の純血家だ。といっても聖二十八一族ではないけれど、お母様はブラック家、お父様がバレンシア家の長女に産まれたことは私の誇りだ。
お兄様は私が物心着く前にどこか遠くの純血一族の元へ婿に出したらしい。
そうしてバレンシア家の事実一人娘となった私はお母様の熱心な教育を受けたのだ。
外出もまともに許されなかった私はホグワーツでの閉鎖的とはいえ、にぎやかな空間にそれはそれは感動したものだ。
ホグワーツで学ぶその時間は私にとってはとても素敵で楽しい時間だったが、なかなか首席にはなれず、お母様にホグズミードへの許可も頂けなかった。
毎回私に気を遣う友人達に申し訳なかった。簡単に首席や次席を取ってしまうポッターやブラックを恨んだりもした。
でも今は全てがバカバカしい。
そう、ホグズミードに来れたのだ。
とても美しい村だ。イギリスで唯一魔法族しか居ない村。
日もくれ暗くなった辺りは村のオレンジ色の街灯できらきらと美しく照らされている。
ハニーデュークスのカラフルで楽しいたくさんのお菓子達、ゾンコの趣味の悪い悪戯道具(何個かブラックに試された)、ダービッシュ&バンクス魔法用具店でみた革新的な最新機器。グラドラグス魔法ファッション店ではオシャレに興味のない私でも心が踊るようなたくさんの現代風な洋服からアクセサリーまであった。そしてスクリペンシャフト羽根ペン専門店ではレギュラス・ブラックと一悶着あったものの、あんなにいろんな種類の羽根ペンを見れた。他にもたくさんあるし、今日起こった出来事はなにもかもがはじめてで素晴らしかった。
こんなに刺激的な一日があっただろうか。
次から次へと入ってくる感情に私はいっぱいいっぱいだった。
そしてそんな今日を作ってくれた大嫌いだったシリウス・ブラックに私はなんとお礼を言ったらいいのだろうか。
鼻を赤くして2つの湯気がのぼるグラスを持ってくるブラックに私は頬を緩めた。
「今日は本当に、本っ当にありがとう!!
こんな素敵な一日生まれて初めてだわ!」
「なんだ、急に?ほら熱いぞ」
テンションの高いレーベラにブラックは可笑しそうに笑ってバタービールの入ったグラスをレーベラに渡す。
ホグワーツの学生達はもういなくなって、あたりは昼間より静かになっていた。
暖かいバタービールに霜焼ける手をさすりながら手頃なベンチに腰かけた。
「バレンシア家って純血一族だろ?魔法族ならホグワーツに入る前とかにホグズミードに行かなかったのか?」
「うちは教育の方針で、あんまり外に出してもらえなかったから。」
グラスに口をつけ傾けると熱くて甘いバタービールが口から喉、体の中までじんわりと温めた。
「へぇ、窮屈な家だな、純血一族はどこもかしこも貧相な考えのやつしかいねぇのか?」
「いや…違うの。私が首席を取れないからわるいの。他になんにも取り柄がないのにね。」
自嘲気味に笑ってみせればブラックは怪訝そうな顔をしてバタービールを飲み干した。
「関係ねぇよ、そんなの。」
ブラックの灰色の瞳が少し揺れていた。
美しいその瞳に一瞬引き込まれてしまいそうだった。
あぁ、なんだか頭がふわふわしてきた。
「ブラックは、なんで私をここに?」
「…べつに、理由なんてない…ついでだ」
「へぇ…」
「あと、そのブラックって呼び方やめろ。
ブラック、ブラック、ブラック!…その名前にはうんざりだ。」
不機嫌そうなブラックは先ほどの揺らいだ瞳を感じさせない鋭い眼差しでこちらをみた。
相当家が嫌いなんだな。誇るべきなのにさ。
「シリウス…いい名前だね…」
「ババアの名付けだけど、名前は結構気に入ってる」
「ふふふ、シリウス、ブラック!」
あぁ、暖かい。
シリウス…最も明るい恒星。
空を見上げると寒空にはたくさんの星が輝いていた。相変わらず天文学が苦手な私はどこのどれがなにかなんて全く検討もつかない。あぁ、今日のことは本当に夢じゃないだろうか、いや頬を突き刺す寒さがそれは夢ではないといっている。しかし、頭は甘く痺れるようにくらくらとしてなんだか夢のよう…
「おい、お前なんか変じゃ」
がくんとレーベラの体が傾け倒れる。
それを咄嗟にシリウスが支えるが、レーベラの体は起き上がる気配はない。
顔を見るととろんと目を細め、頬は赤く染っていた。熱に魘されるような風ではなく随分と心地よさそうなバレンシア。
この現象をシリウスは知っていた、バレンシアは酔っている。
「まじかよ、アルコールほとんど入ってねぇぞコレ。」
「…ふふ、シリウスブラァック…」
幸せそうな顔をして自分の名前を呼ぶバレンシアにすこしどきりとする。
本当におかしな状況だ、この俺が、スリザリンの女とホグズミードを過ごしてこんな状況になってるなんて。
ついでとはいえあの時バレンシアを連れ出した自分が今となっては謎であった。
窓ガラスを寂しそうに見つめていたバレンシア。ふとシリウスの頭にある思い出が過ぎった。
「ほんと、何考えてんだか」
何気なくもたれかかるレーベラのつむじをおしてみると彼女は身を捩った。
「でも、たまには悪くない。」
prev / next