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▼ 吐く息は白く染まる

8話





『レーベラは本当に賢いな』


懐かしい声がした。
はっとして辺りを見回す。

世界は真っ白で、そこにぽつりと1人の男が古びたソファに座っていた。
顔は靄のようななにかがかかっていてはっきりと見えない。

だれ?

疑問を浮かべる私とは逆に、男は親しそうに私の名前を呼ぶ。


『レーベラ。』



『レーベラ、泣くんじゃない。』


何も悲しいことはないのにその男はそう言った。
このおかしな状況に私はなにをするでもなくぼんやりとそれを眺めた。


『さあ、笑ってくれ私の可愛いレーベラ』


だからわたしは泣いてなどいないのだ。
おかしな状況におかしな男。
しかし、ずっと誰かも思い出せない目の前の人物が何故だかとても懐かしく感じたのだ。



「レーベラ!!」


「…うわ!?」
耳元で自分の名前を呼ぶ声がきこえ飛び起きる

目を開けると横にはティティが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「どうしたの、こんな夜中に」

一瞬寝坊したかと思って窓に目を向けたが、その予想は外れて外は真っ暗であった。

「それはこっちのセリフよ。あなた、すごくうなされていて、様子を見に来たら泣いてるんだもの。」

ティティのその言葉でようやく私の頬が濡れていることに気がつく。
しかし覚えのないことに私は訳が分からず首を傾げるだけだ。

「そんなにひどい夢は見ていないはずだわ、庭小人になって貴方に振り回される夢なんてみてないもの。」

「あら、軽口を叩ける程度には大丈夫なのね。私だったらトロールの鼻水に手を突っ込むってとこかしら」

「オエ、やめてよ。
ていうか、本当に私なんで泣いてたのかしら。思い出せないわ。」

「そう、それならいいの。悪い夢は忘れた方がいいわ。」

そういってティティは持っていた杖をくるりと回して手に花束を咲かせ、私の手に持たせる。

紫色の可愛らしいお花だ。
花に顔を近づけるとフローラルの香りが鼻を通り抜けた。

「いい匂い。ティティ、これは?」
「これはラベンダー。リラックス効果があるの、可愛いでしょ?私のお気に入り。」

随分と粋なことをしてくれる。
「ありがとう、とっても綺麗だわ、今夜はぐっすり眠れる。」

泣いてた原因はわからないがきっと寝心地が悪かったのだろう。
これでよく眠れそうだ。
ティティはおやすみと言うとふんわりと笑いベッドに引き返した。

私はラベンダーにもう一度顔を埋め、うっとりとした匂いの中で微睡み、心地の良い睡魔に身を委ねた。



朝、いつもより軽い体を起こして目をこする。
寝起きが悪い方ではないが、こんなに晴れやかに朝が迎えられたのはきっとこのラベンダーのおかげだろう。

使い道のなかった瓶に杖で水を注ぎ、花束を差し込み窓辺に飾る。
今日は快晴だ。

些細なことがしみじみと嬉しさに変わっていくような謎の高揚感に包まれ、私の足取りは軽かった。

そうだ、今日はバーキンス先生の所へいこう。
あの罰則が終わってからも私はちょくちょく数占い学の部屋へバーキンス先生の資料整理の手伝いをしに行っていた。

数占い学という授業や、教室は今までとても地味にひっそりと存在していたが、3年前バーキンス先生が就任してからというものの生徒の出入りが盛んになった。
といってもアイドルのように目立ったものではなく、ひっそりと思いを寄せ、立ち寄る生徒達が増えた、というのだろうか。

もちろん、私はそんな邪な思いでバーキンス先生の所へ行ってるのではない。あくまで手伝いなのだ。
そんな誰にするでもない言い訳を考えながら、バーキンス先生の顔を思い浮かべふと思い出したのはシリウス・ブラックだった。

多分バーキンス先生がマグルの話をブラックにしてからだろうか、ブラックがときどき数占い学の教室に来るようになった。

先生も先生で、ブラックが来ればただでさえ散らかっている教室をさらに散らかしながらあれやこれやとばいくとやらの資料を掘り出してくるので呆れたものだ。

ばいくとはマグルのものらしい。
先生はマグルに興味があるらしいが、いくら尊敬する先生といってもその趣味はどうかと思うのだ。
ただ、先生があまりにも嬉しそうにブラックと話すものだから口を出すのも憚られて大人しく聞こえないふりをするのが日常であった。

ブラックとの接点がまた地味に増えた気もするが、プラマイゼロということで特には気にしていない。
しかし、ブラックが来ると先生はブラックと話っぱなしになるのでやっぱり少し不服だ。

最近のことをあたまでおもいだしながら髪を櫛で梳かしていると、慌てたようにティティが飛び起きた。

いつも綺麗なブロンドヘアは朝起きた時だけは残念なことにビッグフットのような毛玉へと姿を変える。
彼女の準備は長い。

「おはようティティ」

「おはよう、レーベラ!」

いつものごとく慌ただしく動くティティとは反対に自分の栗色の毛を優雅に梳かし終えると、ローブに腕を通して部屋を出た。
階段を降りて談話室に向かうと既に燃えている暖炉のそばに人影が。
こんなに朝早くに談話室にいるなんて私と彼ぐらいしかいない。
レギュラス・ブラックだ。

優雅に深緑と銀の1人がけソファに腰掛け、分厚い本を読んでいる。
兄、シリウス・ブラック同様に顔がいいこのブラック家はただ座っているだけで様になる。

足音に気付いたのかレギュラス・ブラックは視線を向ける。
「Ms.バレンシア、おはようございます。」


「ええ、おはようMr.ブラック。」

軽く会釈してそのまま少し離れたソファに座る。

レギュラス・ブラックは同寮の一つ年下の生徒である。
名前にブラックとある通り、あのブラック家の次男だ。
スリザリンでは、学年の年功序列こそあれど、家柄というのがもっとも大きく人間関係に関わっており、ブラック家というのはいわゆるカーストの頂点だ。
ふつうにしていればそんなに関わる機会など無い人物だ。
しかし、私の特徴といえば早起きなのだが、どうやら彼にも当てはまるらしく、たまにここでおたがいなんとなしに読書をするというのが日常であった。

時おり紙の擦れる音がするだけで、特に会話をするというわけでもなく過ごす。
最初はレギュラス・ブラックにびびってはいたもののもう慣れたものだ。

しばらくそうしたあと、だんだんと談話室に人が集まり、お腹がすいてきたところで階段からばっちりとキメたティティが降りてきた。

かけられる挨拶に綺麗な髪を揺らしにこやかに返事をしながらこちらにくる。

ルームメイト以外はきっと彼女の朝の惨状など想像もつかないのだろう。
読んでいた本をローブの中にしまい立ち上がる。
「おまたせ、もうお腹ペコペコ〜!」

そう言って私の腕を強引に引っ張る彼女に身を任せながら私達は大広間へ向かう。
これがいつものルーティーンだ。
談話室をでたあと、ふと隣で私の腕を引くティティがいつもと違う香りなことに気が付く。
上品なジャスミンの香りで、とてもいい匂いだ。

そういえば今日はあの日か…。

周りの皆も浮き足立っていて、どこかいつもと違う。先生もそんなことを言っていたなぁと思いながら、この既視感のある光景にとくに気づかない様子でそのまますごした。

朝食を終えるとティティと離れ、資料整理のため、バーキンス先生のもとへ向かう。

数占い学の教室の前までくると、いつもより不機嫌なピタゴラスの動く胸像が見え、ブラックの訪問を悟る。
あの一件以来胸像に嫌われたらしいブラックが数占い学の教室に寄るといつも胸像が不機嫌そうにしているので、彼の在宅は入る前からだいたい把握できている。

特に気にせずそのまま教室に入ると、案の定ブラックと先生が楽しそうにしていた。

「それでそのバイクが今少しずつ浮くようになってきて、あとはスピードだなぁ。」

「えぇ!すごいじゃないかブラック!」

「だろ!俺にかかれば空飛ぶバイクも…」

ブラックが自慢げにばいくの話をしているところで先生がこちらに気付き笑顔で迎えてくれる。

「おや、おはよう、レーベラ!」

「お、おはようございます、先生!」

話の中断をされて不満なのかむすっとした顔でブラックがこちらをみつめてきた。
いや子供か。
ブラックはばいくの話しになると途端にちいさな子供のようになる。
なによ、と目で返事して私は先生に促されるまま席に着いた。

「ほんとに助かるよ、レーベラ!」

「いえ、大したことないですよ!」

「さっきのバイクの話誰にも言うなよ」

「言われなくても言わないわ」

「可愛げねぇ、モテねえぞ」

「あらお気づかいありがとう、でも別にモテたいとか思ってないの、あなたと違ってね。」

「コラコラ、仲良く仲良く〜。」

そういって私達の前に現れるのはお決まりの薄緑色の可愛らしいティーカップだった。
すぐに喧嘩がおっぱじまる私達を先生はいつも宥めながら紅茶をいれてくれる。

先生を困らせたいわけでもないので穏便にいようと思うがいつもどうしてかこうなるのだ。

先生のいれてくれた紅茶はいつもの如くあのマグルの茶葉の香りであった。
マグルの紅茶を飲むなんて、と最初は思っていたが先生をこれ以上困らせたくは無いので、今は大人しくそれを頂いていた。

最初のほうに紅茶に手をつけなかったこともあったが、先生の悲しそうな顔に私はめっぽう弱いらしい。

それにこの紅茶は、飲む前からも思っていたがとてもいい香りでマグルのものとは信じられないほど美味しかったのだ。

きっとバーキンス先生がいれる紅茶はどれも美味しくなるのであろう。
今ではお気に入りの紅茶だ。

いつものように今日のお茶も美味しいですと言えば、バーキンス先生は嬉しそうに顔を綻ばせながらありがとうと言った。

そのまま先生と私が資料整理をする横で、ブラックがだらんと椅子にもたれかかりながら楽しそうに新しい発明の話をする。
慣れた光景で、それを楽しそうに(教師なのに)きく先生のよこで時々ブラックと喧嘩しながらも平和に時間を過ごした。

「そういえば、今日はホグズミードの日だね。私はあそこのハニーデュークスの黒胡椒キャンディが大好きでね…

て、あと15分で君達の出発の時間じゃないか!急がないと!」

先生が思い出したように時計をみて慌てる。

私達がなにかを言う前に先生は杖をすばやくひと振りし、脱いでかけられていたローブを着せて私達を外へ押し出した。

「急ぎなさい、引き止めてすまなかったね、まだ間に合うはずだよ!」

そう言われてしまえば急ぐ他なく教室のドアで見送る先生が見えなくなるまで私達は走った。
廊下を曲がって階段前まで来たところで足を止める。

「いかねえのかよ?」

足を止めた私を不思議に思ってなのか同じくブラックも足を止める。

「私はいかないわ、貴方急がないと遅れちゃうわよ。」

「あっそ、先に行くわ。」

そういったブラックは特に焦った様子もなく階段を降りていった。


走ったせいで少し乱れた呼吸を整える。
はあ、やっぱり運動しなきゃダメね。
最近は甘いものもたべすぎちゃったし。
寒い季節になるとどうしても甘いものが食べたくなるのだ。

廊下はツーンと澄んだような空気であった。
先程のバーキンス先生の言葉を思い出し、窓の外を見る。
ホグワーツの前庭に小さく見える生徒達は楽しそうに寒さで顔を赤くさせながら笑っていた。
今朝ティティが何も言わなかったのもホグズミードに行けない私を気遣ってのことだ。

私はホグズミードに1度も行ったことがなかった。
いや、本当に小さい頃に一回か二回ほどいったらしいが私の記憶にはほとんど無い。
ただ朧気に思い出されるのはキラキラとしたオレンジ色の光と寒い記憶だがそれすらもホグズミードの記憶であったかは定かではない。
皆が親のサインが書かれた許可証をマクゴナガル先生に渡してはたのしそうに出かけていくのをいつも寒い廊下から眺めていたことを思い出す。

もう私も4年生だ。慣れたことなので気にすることはない。
今日はバーキンス先生の所で過ごそうと思っていたけれど、先生に気を遣わすのもよくないし。
いつも次席の私が悪いのだから、こればかりはどうしようもないのだ。

窓の霜をなぞるように撫でればそれは水滴となって私の指に伝った。

「おい」

声が聞こえて振り向くとブラックであった。
ホグズミードはどうしたのだろうか。
疑問に思ってブラックの顔をじっと見つめると、なにか迷ったような仕草をしたあとこちらに手を伸ばして私の腕を掴んだ。

「え、なに、どうしたの?」

「仕方ないから連れてってやるよ」

そういってブラックは私の手を引いた。
歩幅の違いで私がついていけてないことも確認せずにどんどん歩くブラックに私は狼狽える。
「今から走っても間に合わないわよ、ほっといたらよかったのに。」


「別にお前のためじゃない、ついでだ。」


そういってこちらを振り向き、ブラックはにやりと笑ってみせた。
さすが顔が良いだけあって様になっているがブラックの意図が読めない。
ますます訳の分からない状況に私はされるがままに後を付いて行った。






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