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Chapter5-6
最悪のことが起こってしまった。
それは、五年生の”フクロウ”試験が終わってすぐのことだった。
テストが終わってすぐにジェームズはセブルスいじめを始めたらしい。わたしが闇の魔術に対する防衛術の教室の窓から見た時には、セブルスは大勢の野次馬に囲まれながらジェームズに魔法で吊るし上げられていた。
「なんてことなの!」
わたしは思わず生徒たちの答案を全て床にばらまいてしまうと、彼らがいる庭へと急いだ。
しかし運が悪いことにわたしの教室はそこから離れていて、最短距離を行っても時間がかかる。
そしてわたしがついた時には、セブルスが血の気のない頬を赤く染めながら、ジェームズから庇うように立っていたリリー・エバンズに対し、「穢れた血め!」と叫んだ後だったのだ。
リリーが失望とともにその場を立ち去った後、大勢の無責任な野次馬はセブルスに向かって非難の声を飛ばした。ジェームズに至っては、セブルスの放った言葉にたして怒りに震えているらしい。
一方、セブルスは彼女の背中を呆然と見つめていたけれど、しばらくすると見ていられない、という様子で目を力なく逸らした。
正義感に燃えたジェームズとシリウスは、それぞれそんなセブルスに杖を向け、今にも呪いをかけようとしていた。
「Expelliarmus!」
わたしが叫んだその呪文は、ことの外大きく響き、彼らを囲んでいた生徒たちがみな振り返った。そうして、何も言わずともわたしが一人通れるぶんの道を開けた。中にはこそこそとその場を去る者もいた。
わたしは走って来たせいで肩で息をしながらあっけなく飛んで来た彼らの杖を捕まえて、杖を奪われて憤った二人へとまっすぐに足を向けた。
「ナマエ!ここにいたなら聞いていただろう、あの薄汚いスニベルスがエバンズになんて言ったか!」
思い知らせてやらないと気が済まない、とでも言いそうな二人は、今にもわたしから杖をもぎ取っていきそうだ。
「自分のしたことを棚に上げて、あなたたちは一体何様なの?」
あなたたちに彼を罰する権利はないはずよ、とわたしは言ったけれど、彼らの耳には入らないらしい。セブルスへの罵詈雑言をわめきちらす二人に、わたしは怒りで声が震えるのを抑えながら言った。
「ジェームズ、シリウス。これ以上わたしに失望させないで」
わたしはジェームズの胸に二人ぶんの杖を押し付けた。そうして、ジェームズとシリウスの横に並んでうなだれる二人にも目を向ける。
「リーマス、校長はあなたにそこで突っ立っていろと言って監督生バッチを渡したの?ペティグリュー、あなたはそろそろグリフィンドールの名に恥じない行動をするべきじゃないかしら」
グリフィンドールが勇敢さを表すだなんて、もう信じられないわ。
わたしはそう言い残すと、吊るし上げられていた魔法が解けてその場に座り込んだセブルスに「今すぐわたしの部屋に来なさい」と告げて、さっさと彼らに背中を向けた。
先ほどまで騒ぎ立てていたばかげた観衆は無言だった。その面々はほとんどグリフィンドールだ。普段情に厚い彼らが、自分たちの主義に沿わない相手に対して無情で残酷なことが悲しかった。
わたしの後ろについてくるセブルスの足は重かった。校舎に入ると、わたしは彼の隣に並んで歩いた。
彼はいっそ、わたしが何かを言うことを望んでいるのかもしれない。けれど、わたしは何も言わなかった。
わたしが部屋に招き入れると、彼はうつむいたまま中へと足を踏み入れた。
彼は感情の行き場を失い、どうすればいいのかわからないようだ。
わたしが椅子に座るよう促すと彼は素直にそれに従う。
「何もおっしゃらないんですね」
ついに彼は耐えかねてそう言った。わたしは彼の前に向き合って座ると、彼の揺れる黒い瞳を見つめた。
「何か言って欲しい?あなたはもう随分悔いているように見えるけど」
わたしが彼の前に紅茶を呼び寄せても、彼はそれを手に取ろうとしなかった。
「エバンズは…リリーは、僕を許しはしないでしょう。僕は言ってはいけないことを言った」
「でもわたしは、あなたが他の生徒に対して同じ言葉を言っているのを知っているわ」
彼はハッとわたしを見た。触れて欲しくないことだったのか、それともわたしが知らないと思っていたのか。あるいは、両方なのかもしれなかった。
湖で話をしてから、わたしは彼を何度かこの部屋に招待したし、夏休みには約束通りスラグホーンの本を送って手紙のやり取りをした。侮蔑的な言葉を吐いていることを知られたくない程度には、わたしを信頼しているはずだ。
「あなたが他の生徒に言うのと、リリー・エバンズに言うのと、何が違うって言うの」
セブルスはわたしの前で唇を噛んだ。わたしは今の質問の答えを知らないわけではない。
何も答えない彼に、わたしは自分のために出した紅茶を一口口に含んでから言う。
「その言葉を言うのをやめて、そしてその言葉を言うような生徒たちとは距離を置きなさい。今のままリリーに許しを請うても、彼女はきっと許さないわ」
「……でも、僕にはそれしかないんだ」
やっと彼が絞り出した言葉はそれだった。彼にとって唯一のひとであろうリリーとのつながりをほとんど失ってしまいかけているのは、彼にもわかっているのだろう。
闇の魔術を操ろうとしていたはずの彼が、もはやそれにすがっているのを見るのは辛かった。
「わたしがあなたの味方であることを忘れないで、セブルス。あなたが今日言ったことを許すことはできないけれど、それはあなたを見放すことと同義ではないのよ」
お願いだから、あなたは一人で沈んでいかないで、セブルス。
わたしがそう囁いたとき、セブルスの名前を呼んだのかそれとも彼の名前を呼んだのか、自分でもわからなくなるほど、その言葉に彼の面影を感じていた。
小さく頷いたように見える彼に、冷めてしまった紅茶の代わりとしてハニーデュークスのクッキーを勧めると、わたしは杖を使わずに自分で紅茶を淹れようと立ち上がった。
わたしも冷静になる必要がある。
しばらくして彼が立ち去った後、わたしが先ほどばらまいてしまった生徒たちの答案を呼び寄せてそれを注意深くチェックしていると、ノックの音が響いた。
「どうぞ」
ドアを開けて立っていたのはジェームズだった。
彼が一人で訪ねて来ることは何度かあったものの、大抵は彼の友人を連れていたため、一人でぽつんと立つジェームズはなんとなく寂しげに見えた。わたしはなんとなく彼が来るだろうという予想はしていたものの、数日は彼も反省するというよりはへそを曲げているだろうと思っていたため少し意外に思った。
「ナマエ、まだ僕に怒ってる?」
ジェームズは先ほどまでセブルスが座っていた椅子を引いて座る。
しゅんとした様子を見ると、先ほど彼を叱ったことが彼にとってある程度は堪えたようだった。
「ええ、もちろん。あなたがどれだけ残酷な人間か十分わかったわ」
「あれは、スネイプがエバンズに最低なことを言ったからで…」
「その前にあなたが彼にしていたことを忘れたの?あなたは彼に、そのひどいことを言ったのと同じくらい、いえ、もしかしたらもっと最低なことをしていたのよ」
わたしはぴしゃりと彼の言葉を遮ると、もうそれからは彼のことを一切見ずに答案へと目を落としていた。ジェームズの顔は見えないものの、ずいぶん気落ちしているようだ。
こうして訪ねれば、わたしがほだされると思っていたらしい。
わたしがため息をつくと、目の前のジェームズがピクリと体を揺らした。どうしてジェームズはわたしに見せる素直さや無邪気な優しさを、一フィートでもセブルスに対して向けられないのだろうか。
「わたしはあなたがセブルスに対する卑怯ないじめをやめると誓わない限り、あなたを許す気はないわ。約束できない、または約束しても守る気がないなら、この部屋から出て行って。そしてもう来なくていいわ」
彼はもう随分体も大きくなったというのに、小さい頃によくしていた”今にも泣き出しそうな”表情を浮かべていた。それを我慢するために、唇を尖らせるくせも変わっていないらしい。
そういえば、わたしがこんな冷たいことを彼に言ったのは初めてだった。彼が今までわたしの前で”今にも泣き出しそうな”顔をしたのも、何か他のことでうまくいかずに拗ねているところを、わたしが抱きしめて慰めたときくらいだったからだ。
彼はしばらくそうしていた。きっと、彼の中で整理をつけているのだ。しかし、彼はきっと、正しい道を選んでくれる。わたしはそう信じていた。
「約束する、ナマエに誓って」
彼がそう呟いたのは、わたしが答案のチェックを全て終えてしまった頃だった。
生温いレモン水のように