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chapter2-3
わたしはその顔をぽかんと見上げていた。
そういえば、彼はこんな顔を―驚くほど整った顔を、していたんだった。
そんなとりとめのないことを考えるほどには、驚いていた。
この数週間、会っていなかったというより、彼に避けられていると感じていたからだ。
彼は驚くべきことに、このホグワーツに入った瞬間から別人になっていた。もちろん、彼がトム・リドルであることに変わりはないのだけれど。
彼は成績優秀―までは、まだ理解できているが―ホグワーツきっての優等生、紳士、人格者という噂がすでに立ち始めていた。
彼が優しい人間なのは知っている。けれど、わたしの知っている彼は無愛想で、傲慢で、人をいつも小馬鹿にしていた。
そんな彼が、人からそう称えられるほどに、日々の生活をそつなく送っている、なんて。
彼がスリザリンの友人を連れて合同授業の教室に訪れるのを何度も見た。そこで彼はとろけるような笑みを浮かべ、時には優しく何かを教えてやり、寝ている生徒にはノートを貸してあげていた。驚きだ。
わたしは環境の変化で人はここまで変わるものか、と驚き、彼の様子を眺めていた。
けれど、授業の外で話しかけようとすると、それが阻まれてしまうのだ。何度も、まるで仕組まれているように。
グリフィンドールを嫌っているのではないらしい。どの寮にも分け隔てなく接する、という噂は広く広まっていたから。
わたしを見ると、もしかしたら孤児院での生活が思い出されて辛いのかもしれない。
そう思うと、少しさみしさはあったものの諦めるほかなかった。
そんな彼が、目の前に座っているのだから、少しくらい…いやだいぶ、驚いても仕方ないだろう。
「いや、隣が空いてる、って…今ならどこでも空いてるよ」
「幼なじみと言ってもいいくらいの付き合いなのに、水くさいんだな」
彼は朗らかに、でもまるで「困ったな」とでも言うような笑い方をして、わたしを見た。
避けていたのはそっちでしょう、とすんでのところで言いかけたけれど、勘違いだろうで済まされてしまう気がしていえなかった。
「どうしたの?何か用?」
にこにこと無害そうな笑顔を浮かべ続けるリドルに対してなんだか不安感が拭えず、早く会話を終わらせてしまいたいとすら思う。
あんなに会いたいと思っていた相手なのに、まるで別人のようだ。
「久しぶりにあったのに、それはないだろう。きみを見つけたからここに来ただけで」
この、物腰の柔らかい話し方でさえ、目の前のリドルを本物だと思えない原因となってしまう。
さみしさと不安ばかり募っていくようで、わたしは席を立ち上がった。
「ごめんリドル…ちょっと用事が、」
そう言って本を胸に抱いた瞬間、リドルがわたしの腕を掴んで引き寄せた。本がばさばさと大きな音を立てて床に落ちる。
「ちょっと、リドル…?」
「いったい何が不満なんだ。僕の態度に間違いなんて一つもなかったはずだ」
リドルはその言葉を言うとともに、わたしの腕をつかむ力を強める。
「ミョウジ」
まるであの、二人きりでいた時のような雰囲気に戻ったリドルは、まっすぐとわたしを見ている。
わたしはその手を振りほどくことも、目をそらすこともできず、座っていた椅子に体を投げ出すようにして腰掛けた。
「リドルが変わったことも、わたしを避けてたことも、そしてそれをわたしに受け入れて欲しいことも、全部わかったよ。
でも、戸惑うのは当たり前じゃない。急に違う人みたいになって、そんな風に笑いかけられたってきもちわるいし」
「きもちわるいとはなんだ」
すっかり元に戻ったリドルは眉を吊り上げてそう返す。
「わたしの前では、そのままでいてくれたらいいのに。別に、へんじゃないよ。そのままのリドルも」
わたしを見つめるリドルは何も言わなかった。掴んだままの手は力がなく、むしろ手同士を繋いでいるかのようなゆるやかささえあった。
「きみがそう言うなら、そうしよう」
そう呟くように言ったリドルは、少しばつが悪そうで、でもみんなの前で振りまいている優等生風の笑顔よりは、ずいぶん年相応だった。
「よしよし、えらい!聞き分けがよくていい子」
そう言った途端、リドルはわたしの顔を両手で思い切り包んで頬をむにむにと触れてする。
「はにふんのよ(なにすんのよ)」
「いや、バカみたいな顔してるな、と思って」
大きすぎた理想のために
きみにはまだ何も言わない。