あの哀しげな夕焼けに、山の端のブルーモーメントに、描い ていたモノがある。明るい光がともった家。 笑い声があふれる部屋。
「ただいま」と言ったら「おかえり」と返してくれる、誰か がいること。
いつも通り鴉が親子仲睦まじく寝床へ帰る夕焼けの時間に帰 路に着けば、いつも通り真っ暗な自分の家。胸がかたい石になったみたいに重くなる。この暗所恐怖症の原因は、あたしの5歳の誕生日にサプライズ で部屋を暗くしてからケーキを買いに行ったまま帰ってこな かった両親の存在だ。悲しみが染みついて離れない証拠らしい。小さい頃の話だからあまり鮮明ではないけれど、一人娘のあたしを愛情いっぱいに育ててくれた優しい両親だった。あたしはそんな父と母が大好きだった。 ……ああ、何だって今日はわざわざ昔を思い出して余計心が重 くなるようなことを考えているのだろう。どうかしている、と溜息を吐きながら鍵を開け電気をつけると、
「…え……?」
「ん?おう、おかえり。」
フォークをくわえた幼馴染みに笑顔で出迎えられた。 いや、何かあった時のためにと合鍵は渡してあるけれど、今 まで役割を果たしたことなど一度だってなかった。それが、 急にどうして――。 テーブル上の既に少し食べられているホールケーキは、あた しの大好きなお店のもの。周りに並んでいる料理も、あたし の好きなものばかり。
そうだ、今日はあたしの――
「誕生日おめでとう、名前。」
ぶわりと、涙が溢れた。 誕生日、覚えててくれたんだ。サプライズしようと、暗闇の中待っていてくれたんだね。ケーキはちょっと、食べられちゃったけど。
「なーに泣いてんだよ。」
「…あおみね、」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。ああ、やめて。髪ぐちゃぐ ちゃになっちゃう。メイクもだ。お願いだから、これ以上泣かせないでよ。
「高校ンときみてーに、大輝って呼べよ。」
「……だいき、」
「ああ、どーした?」
「『おかえり』って、いって」
「おかえり。」
「…もっかい、」
「おかえり。」
「……ただいま!」
あとがき
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