気がつけば、真っ白な視界の中にポツポツとした黒点が見える。ここはどこだろう、







「みょうじさん大丈夫?今月に入ってもう三度目じゃない」


心配そうに私の顔を覗き込む優しい顔をしたおばさんは、日頃からよく知っている人物だった。あぁ、そうかまたやってしまった。


「私…すみません」
「べつに仕事のことは構わないのよ。ただあなたのことが心配でねぇ」


ぼうっとした頭でも、その言葉は嬉しくて涙が出そうになった。こんな私でも、心配してくれる人がいるんだ。なんだかそれだけで、泣けてくる心境だった。


天井を見上げて寝ているところを考えると、きっとまたバイト中に倒れてしまったんだと思う。店長いわく今月に入って三度目らしい。まだ半月も過ぎていないというのに。仕事にならないどころか迷惑ばかりかけている私のことを面倒ごとに感じず、毎回手厚く看病してくれるこの職場の空気が本当に大好きだった。


少し気分が良くなったところで、早退させてもらった。帰り道、ショーウィンドーに映った自分を見てひどく惨めに感じた。貧血のせいか青白い顔。肌は荒れ果てて、なんだか死んだ魚の目みたいだ。恋をしたらキレイになると言ったのは誰だ。嘘つき。それとも、


私のこの気持ちは恋じゃないというの?


今のこんな自分を好きだと言ってくれる人なんているのかな。洋平が好きになってくれるなんて尚更、もう一生ないと思った。


「、ひっく」


街中で泣き出すなんてどうかしてる。だけどもうダメ、なんでこんなことになったんだろ。洋平が好きなだけだったのに、なにがダメだったんだろ。私いる意味あんの、かな。


「なまえ…なに泣いてんだよ!」


少し怒ったような声が前の方から聞こえた。地面を蹴る音がどんどん近くなって、しまいには私を包み込む。私の好きな人、とは違う骨格。


「お、おくす…なんでいんのよ、しかも私、泣いてな」
「どう見ても泣いてる!てかずっと泣いてたろおまえ!顔は笑ってたけどずっと泣いてたろ!?」
「ふ、うわぁぁん、ひっ、うう」


堰を切ったように涙が溢れ出す。知ってくれてる人がいた安心感がこんなにも嬉しいなんて。辛くて、つらくて、もうダメだと思った。


「頼れよ、もっと、俺を!」
「うっ、だって私は、洋平が好きだから」
「知ってるよそんなのは!洋平を好きななまえをずっと見てたんだから」
「だったら尚更っ、大楠には無理!」
「こんな状況でまだ言うかおまえは!」


大楠の身体から逃れようとドンドンと胸を叩くのにびくともしない。いやだ、離れたい。私が好きなのは洋平だもん。


「大楠、離れろーー!」
「やだね」
「てめー、このやろーー!」
「お、ようやくいつものなまえらしくなってきた」
「ふんぬー!」


気が付けば涙は止まっていて、いつものようにじゃれているだけだった。どうしてこんなに私を想って分かってくれる大楠を好きになれないんだろう、どうしていまだにこんなに洋平じゃなきゃダメなんだろう。


洋平のことを考え過ぎて、不安になって、毎日眠れなくなったの。そしたらニキビができて、クマにもなった。一時間とかしか寝れてない身体でバイトに行ったら貧血で倒れるようになった。それでも、


「やっぱり洋平が好き、」


大楠はそれを聞くと、私の顔から視線を外して軽く笑った。


「それ、なんだよなー。おれも」
「?どういう意味」
「なまえこんな苦しめて、ましてや俺の恋のライバルときたもんだ。何度殴りたいと思ったか!でもよぅ、」


「俺も、洋平っていう人間がどうしても嫌いになれねーんだよ」


あぁ、そうか。なんでこんなに苦しいのか分かった気がする。洋平が私のことを好きになってくれないからじゃない。彼女がいたのにあんなことしてきたからじゃない。


男としてとかじゃなくて、恋愛とか抜きで、洋平そのものを失いたくないんだ。恋である前に、私は水戸洋平という人が大好きなんだ。


大楠が「あいつを好きになるの無理ねぇよ」と小声で呟いた。私はその言葉を噛みしめるように力強く頷いた。


「大楠」
「なんだ?」
「私まだ洋平が好き」
「そりゃ分かったって」
「それでもいいの?」
「…え」


驚く大楠の顔を見て、久しぶりに心の奥から笑えた気がした。今日こそは、いい夢を見れるといいな。


|

[Back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -