幻奏メモリー


幻奏メモリー



「うん、うん。あはは、そうなの?あ、家着く?うん、じゃあまた。うん、うん。連絡するよ。はーいバイバイ」


電話を切ろうと画面を見たところで、まだ通話中の受話器の向こうから「ロージー」と名前を呼ぶ声が聞こえてきたので慌てて携帯を耳にあてなおした。


「もしもし、なに?」
「おぉ切れてなかったか、いや大したことじゃねんだけど」
「?」
「いやさ、お前いま誰かと一緒?」
「え?あぁうんまぁ」
「そうか、悪かったな。じゃあ」
「あ、ようへ」


今度はすぐにツーツーと切れた。画面には12分17秒と表示されている。昔に比べると短い、かな。


「だーれだ」


いつの間にか焼酎ロックに切り替えていた松山さんが氷をカラカラ鳴らしてイタズラに笑った。


「地元の、友達です」
「なんや」


例の元カレかと思った、それだけ言うと松山さんはグラスに入った残り僅かのアルコールを飲み干した。


「そろそろ行こーか、電車なくなんで」
「あ、はい!すいません」


私も慌ててグラスに残っていた梅酒を喉に流し込んだ。それは氷が溶けたせいかだいぶ薄くなっていて、美味しさのカケラも感じられなかった。





松山さんにお礼を言って別れた後、サラリーマンであふれかえった電車にかけ乗った。金曜の夜と違って、ゆっても隙間があるぐらいの混み具合だったけど、最寄駅のひとつ手前で降りた。本当、なんとなくの気分で。


ここから家までは15分ぐらい。iPodを取り出してイヤホンを耳につけ、ゆっくりと歩き出した。飲んだと言ってもそこまで酔ってはいない。しかも相手は松山さんだ。緊張する間柄でもない。はぁーと息を吐くと白い息が空に舞った。


全道のりの半分ぐらいにきたところで、鼓膜は懐かしいメロディーを聴き捉えた。冬の定番バラードで、2、3年前に若者を中心に大流行した記憶がある。最初は私が好きになって「これ良くない?」と薦めたのに、結果彼のお気に入りソングになっていたことはいまだ懐かしい想い出だ。


こことは違うけど、あの帰り道にこの曲をいつも聴いていたという。だからやっぱりこの曲が流れだしたら思い出すのはお前だよ、と。別れた後でそう言ってた。


部屋を暗くした中でそれを流し、二人で向かい合って眠りについた日々を私も確かによく思い出す。だけど私は彼と同じ温度でそうだね、とその内容に相槌を打てなかったのだ。もの哀しい失恋ソング、叶わない片想いの恋、思い浮かんでくるのはどうしても違う人だったから。


想い出と幻想は違う。
今この曲を聴いて思い浮かぶ私の頭の中はどんなものだろうか。


自分のことなのに誰かに教えて欲しいと思ったそんな夜。私は携帯を開いてようやく鳴海に返事を打ち始めた。



−明日会うから聞いとくよ−



(洋平の嫉妬は今でも分かりやすい、)