発信者


発信者



あの頃、私の家は駅から徒歩15分。
道のりのお供はわたしの影響で偏った音楽。
馬鹿みたいに寒い季節、その時間が好きだったといつか語った彼。





人生はいつも後悔ばかりだ。





「結婚式?」


懐かしい声を受話器の向こうに感じながら、私たちもいつのまにかそんな歳なのかと時が経つ早さに驚かされた。


「そう!ロージー帰って来れる?」
「うーん、まあでも行けるように調節するよ!てか絶対行きたいし」
「本当!?じゃあ招待状出しちゃうね」
「りょーかい。確定したら連絡するよ」
「オッケー。ごめんね仕事中に」
「ううん、じゃあまた」


お昼休みに突然鳴った電話はまさかの吉報だった。あの鳴海がとうとう結婚する。高校時代からの長い付き合いだ。相手は大学で知り合ったひとつ年下の男の子。何回か会ったこともある。良い人だと思う。いつかはするんだろうと思っていたけど、予想より早かったかもしれない。


パンの袋とコーヒーが入ったカップを気持ち横へずらし、プリントやファイルが散乱したデスクに少しの隙間を見つけ手帳を開く。今さっき聞いた日付の箇所に忘れないようチェックを入れておく。早めに有給を取ったほうがいいかもしれない。というか、これでしばらく帰りは終電、休日出勤は確定かな。


「アストロの友達結婚すんの?」
「わ、ビックリした。なんだ松山さんか」
「お前も置いてかれんなよー」
「分かってますよ」
「相手おるん?」
「うるさいですー、あヤバ。もう時間だ。出なきゃ」
「今日どこなんー」
「神戸ですよ。松山さんが取ってきたとこ!じゃあ行ってきます!」
「あ、お前ボード!直帰ー?」
「いや、戻り22:00で!すいませんお願いしまーす」


半年前、やりたい事をカタチにしたくて地元を離れた。新しい会社は横柄なことも多いけど、一緒に働くメンバーは実に気心知れた人が多い。人見知りでここまで馴染めるとは思ってもいなかった。もともと楽しいことは好きだったし、関西に来たのは間違いなかったんだと思う。家事もままならない忙しい日々だけど、意外と性に合っている。他になにも考える暇ないくらい働いて、寝に家に帰るだけのような生活。うん、悪くない。そこそこ充実した毎日だ。


結婚式は空いている式場を押さえたらしく、けっこうドタバタな日程だった。1ヶ月後。神奈川に帰るのは引っ越し以来になるか。神戸までの移動中、鞄の中で携帯が震えた。短めの振動からメールだと理解し取りだすと、送り主はさっき話したばかりの鳴海からだった。


―大楠、来てくれるかな?―













「お疲れ様でーす」


オフィスにはまだ明かりが点いていた。予定どおり22時の帰社。この時間に人がいるのはそこまで珍しいことではない。でも今日は、


「松山さんだけですか」
「お疲れーす。どうだった」
「んーちょっと難しい人でしたけど。でもまぁちゃんと取材も出来たし原稿は書けそうです」
「そか。ほんなら一杯やりいくか!」
「え、今からですかー!うう、私ちょっとまとめて帰ろうと思ってたのに」
「てめー先輩がせっかく待っててやってんぞ、断るとは言わねーよな」
「喜んでご一緒させていただきますう〜」


松山さんは私を可愛がってくれる先輩のひとり。会社では関西の松潤とか言われてて、一般的に見たらまあかっこいいんでしょう。体もガッチリしてて、長身だし?そんな人が一人身の訳はなくすっごい美人の彼女がちゃーんとおります。


「お前ホント彼氏作れよ」
「なんで私のそんなことばっか気にするんですか」


松山さんは相当私に恋愛をさせたいらしい。何度も合コンの話を振ってきてはいるが、私はそれを丁重にお断りしている。


「べつ焦ってないですし、」「焦れ」


「・・・」


食い気味に返されてペースが乱れた。タイミングよく携帯が鳴って、松山さんが出ろってあごでジェスチャーしてくる。何様だってんだいホント、いや先輩様様だけど。きっとここの支払いもしてくれちゃうんだけど。結局言い返せないなと思いながら携帯画面を見る。


ドクン。
表示されていた名前に一瞬心臓が早く鳴った。


「出ないん?」


奇怪そうに松山さんが私の顔を覗き込む。


「え、ああ。いや出ます出ます」
「もしもし?」


通話ボタンを押して声をかけた。





「ロージー」





久しぶりに聞く彼の声は少し掠れてて、やっぱり時の流れを感じさせた。鳴海に返せていないメールがふと頭に過ぎり、こんなタイミングで罪悪感を味わうことになった。







(ディスプレイに水戸洋平の文字は何年経っても落ち着かない)


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