硝子色の時間封じ込めて(硝)


ワンライ硝子。お題「あくび」


困ったようにくしゃりと笑うあなたを、ネオンがただただ照らしていた。
渋谷の外れにある公園で、ブランコを漕いでいた。気付いた頃には薄暗くなっていていて、私と硝子の二人きりだった。
「硝子」
「なに」
ざざ、とローファーで地面を蹴ってブランコを止める。土埃が闇の中に溶けていった。
「好き」
「どうしたの急に」
「だから、好きなの」
目と目が合わさって時が止まる。息が、詰まりそうになる。
「ごめんね、名前の期待には応えてあげられそうにない」
なんで、と口を開けようとした瞬間、硝子の指がそっと唇を捉えた。
「名前にはもっと、名前のことを大切にできる人がいるよ。私にこれ以上を求めたら、きっとなまえが一番辛いよ」
ぼろぼろと頬を伝う涙を、硝子がそっと拭う。硝子はこんな時だって優しいから狡い。
「そんなに泣いたらパンダになるよ」
「だって目元は盛ってナンボでしょ」
「相変わらずでウケる。さ、帰ろうか」
二人手を繋いで渋谷のネオン街に駆け込んでいく。どうかこの記憶を、残しておいてね。



家に着いたのは、日付が変わってから少し経った頃だった。高専を卒業した私は、呪術師の道を辞めて広告代理店に就職した。理由は単純。そっちの方が、私が幸せになれるからだ。世間からはブラックと言われようと、呪術師を経験している私からしたらどんな仕事だって簡単だった。

リビングの明かりを点け、クレンジングシートでメイクを落としながらテレビを見ていると速報が入った。
「渋谷でテロ――?」
画面を見つめると、かつて私たちが愛した街が火の海と化していた。
茫然と見つめること数秒。私の心と文化を形作った街が消えたと思い浮かんだ数秒後には翌朝の地下鉄の乗り換えに頭を巡らせていて、ただの社畜と化した自分を笑うほかなかった。

「硝子は大丈夫かな」
懐かしい人を思い出した。念のためメッセージを送っておこう。もう立てないや。シャワーは起きてから浴びればいっか。ふわあ、と大きなあくびをして、そのままベッドへダイブした。


参照:「綺麗」吉澤嘉代子



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