夕立ちのりぼん (依)


真依と夢主 14歳くらいの設定。



男の子よりも跳び箱が高く飛べるだとか、合唱コンクールの伴奏を頼まれるだとか、期末テストの順位が学年で5位以内だったとか、そういった結果を積み重ねれば積み重ねるほど自分が自分でなくなるような、教室の中での立ち位置が見えなくなることがたまに、ある。それは椅子取りゲームで自分が座る椅子を逃さないために必死にしがみついているような感じ。今日もそんな一日を終えて真っ先に教室を後にした。あれ、雨だ。予報通り。傘は朝持ってきた。はずだったのに。
「あれ――?」
傘が、ない。どうしよう。今日も塾。このままじゃ遅れちゃうし、仕方ない。濡れて帰ろう。そそくさと足早に昇降口を出る。今日の塾の授業って何するんだっけ。そうだ関係副詞。Where。どこ、を意味するって先生は言ってたっけ。W,h,e,r,e。どこ。私は何処へ向かうのか。ワークで散々スペルの練習をしたけれど、あれってそんなに意味のあることなのかな。分からない。まあいいか。なんだか雨脚が強まっている。制服のブラウスがくしゃりと濡れてきて、気持ち悪い。
「あ」
見覚えのある水玉模様の傘を差して誰かが歩いている。私の傘だ。どうして。一体誰が。
「あの」
傘の持ち主がくるりとこちらを振り返る。切り揃えられた黒髪と、小さな顔。すらりと長い腕と脚のせいか、赤地の水玉模様の傘がやけに幼く見える。禪院真依さん。同じクラスだけど話したことは多分、ない。授業中もあまり発言しないから、どんな子なのかもさっぱり。でも彼女が一体なぜ私の傘を。大きな瞳が私の視線を捉えて、これじゃあまるで私が傘を求めているみたいだ。
「あら。ずぶ濡れじゃない。家近いから、寄って」

◇◆◇
ごしごし、とタオルが腕を伝う。なんだろう、心地いいけれど、すごく手馴れてる。
「どうして私が傘を勝手に差してたかって?」
「う、うん」
「私ね、雨が降る日はこうして女の子の傘を持ち出すの。それでこのまま部屋に招くの」
目の前の彼女が悪戯に笑った。しっとりとした滑らかな肌が、やわらかく形を変える。
「禪院さん」
「真依でいいよ」
藺草がふわりと香る。禪院家。いいところのお嬢さん。実はこの間の理科のテストが返却される時に、100点と書かれていたのがちらりと見えたのを思い出した。出来のいい子。そんな子がどうして。
「真依、ちゃん」
「なあに」
「どうして、私なの」
「寂しそうにしてたから」
耳元で囁かれてぞわり、と痺れが全身を支配する。女の子の匂い。まだ少し肌が透けるブラウスを彼女の手が滑る。部屋の空気が、次第に甘くなっていくような。このままだとなんだかまずい気がする。
「こういうの、はじめて?」
教室では見たことのないような大人びた表情。しゅるり、とリボンが解かれた頃には身体が動かなくて。
「ママに怒られちゃう。塾に行かなきゃ」
そうだ。今日はこれから塾だ。はやくここから出なきゃ。と思うと同時にスマートフォンが震えた。けれど一歩先に彼女がスカートのポケットに手を忍び込ませていた。
「ちょっと、」
「一日くらい行かなくたって平気よ。だってあなたできるでしょ。それに今土砂降りよ」
伸ばした腕が虚しくも空を切る。スマートフォンはいつの間にか静かになっていた。
「スマホ返して」
「私の相手してくれたらいいよ」
彼女の手が、ブラウスのボタンを捉えた。ゆっくりとした動きに、目が離せない。部屋に訪れる静寂。二人の息遣い。

「いいこと、教えてあげる」

外では雨が地面を強く打ち付けていた。


◇◆◇
昨日の雨が嘘だったかのように、晴れ渡っている。気温もかなり上がっていて汗がにじむから、これは日焼け止めをこまめに塗り直さなければならない。
「名前」
「真希ちゃん」
「これ、今日の委員会の資料。よろしく」
「ありがと。真希ちゃんがいるといつも助かる」
真希ちゃんとは入学以来、仲がいい。お互いに男子よりも運動がそこそこできてしまう者同士の仲間意識とでも言おうか。クラスは違っても、体育祭ではアンカー同士の良きライバルだ。
「ところで昨日、真依といなかったか?」
「ああ、あれ?一緒に雨宿りしてただけだよ」
「そう。ならいいけど。じゃ、放課後に委員会で」
ばいばい、と手を振り教室に戻る。上手く笑えてたかな。


「今日のこと、真希には内緒ね」
昨日の彼女の、誘うような視線が脳裏に甦る。何が彼女をそうさせるのか。この時の私は、まだ何も知らない。




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