気まぐれに短文
(主:高丘朝人/たかおかあさと)
「もう線香花火しか残ってないな。ほら」
「ここはあれっしょ! 誰が最後までもつか競争!」
「わ、楽しそう! やろやろ」
「まぁ、どうやるのでしょう!」
「上杉ってヘタそーだよねー。すぐ落とすんじゃなーい?」
「何言ってんだい。そういうアンタも駄目そうだろ」
「姐御ナイスフォロー!」
「誰が姐御だい」
「言っておくが、黛は貴様のフォローはしていないぞ。上杉」
「いーからやんべ。おい城戸も! んなトコにいねぇで参加しろよ」
「当然。城戸一人だけ逃げようったって、そうはいかないからな」
「…………はぁ」
「よォし、始めっぜー!」
「あら」
「うぇっ」
「あーあ」
「ちっ」
「む」
「え」
「……あ」
「落ちた」
「……」
『…………ええ?』
「はあーー?! どゆこと!」
「けっ。お前らは落ち着きがなさすぎんだよ」
「城戸の、勝ち、か」
主+ブ
「あ、」
思わず声を漏らしたようだった。明るい赤毛と鮮やかな赤いブーツを履くこの男――上杉、といっただろうか――は緩慢な動作で窓越しに中庭を覗いた。
つられて窓に目をやれば、色とりどりの飾りがうごめいている。一際大きな笹竹が、地に寝かされた状態から眼前へ迫るよう一気に立てられる様は圧巻だった。俺の居るこの場所もタイミングも丁度よかったのだろう。
「ああ、七夕飾りか。そういえば、もうそんな時季なんだな」
何となく得をした気分になって、出た言葉は幾分か弾んでいた気がする。
粋な校長だ。こうも溢れる笹になら、全校生徒分の短冊を吊す事も可能だろう。まさか強制、ではないよな。
「七夕って……あれ、いま何月だっけか?」
自分の思考に囚われていたら、横から疑問を投げられた。視線をずらせばこちらを見ていた笑顔の上杉と目が合って、俺は思わず顔をしかめた。
僅かに揺らいだ空気が肌を撫でる。上杉は表情こそ変わらなかったが、どうやら身体は強張ったようだ。ふと走った違和感に、気が付かないふりをして俺はそっと沈める。
「七月、だろ?」
肩を竦めて軽く返すと、目の前の男は緊張が解けたのか更に口許を緩ませた。
「中学ん時いたトコは八月だったなぁ、七夕さま」
中庭に向き直り、何でもないかのように呟く言葉は俺には意外で。
遊びや風習も地域での違いがあるのだから、七夕も例外ではないのだとすんなり受け入れた。それよりも、入学してまだ三ヶ月程にも関わらず学園中に知られているだろうこの男――俺が知っている位なのだから間違いない――が外部生だとは少なからず驚きだった。
「へぇ。上杉も外部生なのか」
再び空気が揺らぐのを感じた。
またしかめてしまったかと眉間に手をやるも、考えとは裏腹に眉は寄ってはいなかった。
上杉を横目に見ると僅かに口許の笑みが歪んでいて、俺の中に再度違和感が沸き上がる。今日初めて会話を交わす男に普段と違う、と思う事は変な話だが、それでも一度感じた違和感は消えそうにない。
俺の視線に気が付いたのか、上杉は先程まで浮かべていた笑みを貼り付けた。
「オマエ、おれ様知ってるワケ? 同じクラスじゃねぇよなー。え、なになに おれ様ちょー有名人じゃね?」
「まぁ……有名だな」
「なぁんか含んだ言い方っすねー」
「悪目立ちだろ」
でひゃひゃひゃ、と聞いたことの笑い声を上げる上杉。オーバーアクションはこの男の一部なのだろう。ばんばんと叩かれた肩が痛みと熱をもつ。
光を反射する銀を見付けて、ああアクセサリーも大量だ、なんてどうでもいい事を考えていたら顔を覗き込まれた。今度こそ眉間にシワが寄ったのだろう、ほんの一瞬上杉がたじろいだ。肩に置かれた手がぴくりと反応を示したのを、気が付かないふりは出来ない。深まる違和感。
直ぐに笑みを取り戻し「で?」と訊いてきた上杉に、思わず「は?」と返したら盛大に溜め息を吐かれた。
「いやいや、は? じゃなくて。名前っしょ、この流れはさ」
「ああ、俺は高丘。隣のクラス」
名乗ったところで、中庭からやって来た教師に捕まった。逃げそびれたと思いながら前を向くと視界に映るのは、既に飾り付けをしていた他の学生に混ざり、喜色満面でとけ込んでいる上杉の姿。
変な奴。
溜め息に反応するかのように揺れた笹が何故だか可笑しかった。
***
一年時、夏。全力で捏造。
エルミンはエスカレーター式なのだろうかと思って。上杉や主人公は外部受験組な気がします。
綾+主+ブ
カチ、カチ。
控え目な音が鳴る。
カチ、カチ、カチ。
鼓動に併さるように、重なるように、それは奏でる。
淡々と同じ動作を繰り返す少年の手にはシャープペンシル。どこにでもあるような授業風景の中、正面はおろか手元にも目を向けずにシャープペンシルの頭を押し続けている。
黒板を滑るチョークの音、教師による説明の声、紙の擦れる音。様々な音に紛れ、カチカチという音を咎めはしない。
頬杖をついた彼は親指の動きを止めることなく、開かれた窓から外をただ眺めていた。一際大きなチャイムが鳴り響き、教室全体に喧騒が広がるまで。
「なーにしてンの上杉ィ、バッカじゃん?」
「え、ちょっ、開口一番ソレはないっしょ〜」
机の上と上杉の顔とを見比べた少女は、呆れた表情でさらりと毒を吐く。もっとも、彼女にとっては平常通りであり、言われた当人も特に気にした風なく、でひゃひゃと独特な笑い声と共にへらりと返した。
「あーあ、シャー芯ゼンブ出てるしー。何してンのバカじゃん」
「アヤセそれ二回目ーつか、うあっヤメテー! 机が、ノートが黒」
「てゆーかぁ」
上杉の悲痛な叫びも綺麗に無視した挙句、途中で遮り彼女は言った。
「高丘も何してンのー?」
その言葉に上杉は振り返る。二つ後ろの席に座る少年は外から目を離し、二人に視線を向けた。シャープペンシルは握られたままだが、指先は既に動きを止めていた。
「綾瀬、上杉。何?」
「何ってアヤセが訊いたんだけどー」
「何がアサトも?」
噛み合わない会話に疑問符が浮かぶ。
間を置くことなく口を開いたのは綾瀬だった。
「授業中シャーペン カチカチしながら外見てたじゃん」
「へ?」
「ああ、してたな」
「アンタら二人して同じよーなことしてるから、見ててフきそうになったってゆーかー外に何かあった訳ー?」
目を瞬かせた上杉は、思わず高丘とその机上とを見比べた。
不思議なことに彼の机上は綺麗なもので、開かれた教科書とノート、それと閉じられた筆入れしか見当たらなかった。
「さぁ? 俺には解らないな」
『はぁー? …………は?』
「……っ、お前ら仲いいな」
上がる声に見合わせる顔、息ぴったりな二人に高丘はくつくつと笑い声を漏らす。
肩を震わせ一人楽しそうに笑う男に、綾瀬は髪を弄りながら再三疑問を投げた。
「解らなかったから上杉の真似してみてた。結局、何してたか解らず仕舞いだけど。あ、これは最初から空芯」
カチカチと控え目な音を鳴らしながら彼は言う。空であるシャープペンシルを握っているとは、開かれただけのノートが虚しく見える。
真似をしたという割には用意周到な男に、芯で薄汚れた自分のノートを思い出し、上杉はほんの少し悲しくなった。
女の子
「まぁ、とてもcuteですわね」
「へぇ、いいね。この手触り」
「でしょ? うにうにしてて、弾力があって。こう潰しても……すぐ元通り」
「ですが、Maki。携帯のストラップにするには少し、大きくないですの?」
「うーん。これ一個なら、いいかなーって」
「何なに〜。みんなで何みてんの」
「ととろだよ」
「ぷっ! あははは!」
「ふふっ! いやですわ、Makiったら!」
「ウソ、なに園村ヤバいってソレ、ちょーウケる!」
「えへ、そうかな?」
「マジマジ! まんまメイ!」
「目茶苦茶似てたよ」
「そっくりでしたわ」
「……。ととろだよ」
「「「あははは!」」」
*
理想のマキちゃんならやってくれると思った。
※ 南→ブ 注意
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