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「をとめ」と「をとこ」は同類


 遊ばれてんだろうな、とか、暇潰し相手にちょうど良かったんだろうな、とか、ドタキャンされるかもな、とか。ネガティブなことを散々考えた。そして、考えて考えて考え抜いた結果、俺は今レンタカーの運転席でハンドルを握っている。
 ゴールデンウィーク真っ只中の五月初旬。天気は快晴。時刻は朝の九時を過ぎたばかり。朝見た天気予報では「昼間は半袖で過ごせる陽気ですが朝晩はまだ冷えこむでしょう」とかなんとか、非常に微妙なことを言っていたから、長袖と半袖、どちらにしようか迷って、半袖のTシャツに薄手のマウンテンパーカーを羽織ってみた。このコーディネートが正解なのかはわからない。
 助手席に座って外の景色を眺めている彼女は、いつもと変わらぬ様子だ。服装も化粧も、特別気合いを入れている感じはない。つまり俺と二人でドライブに行くことは、彼女にとってそれほど特別視するイベントではない、ということなのだろう。わかっていたことではあるが、その事実を改めて突き付けられると、それなりに傷付く。
 しかし、勝手に人知れず傷付いて落ち込んでいる暇はない。どうせならこの状況を楽しまなければ。

「あと一時間ちょいで着くと思う」
「早いね。食べ歩きしてゆっくり温泉入ろ」
「今更だけど、電車で行った方が安上がりだし動きやすかったと思いません?」
「私は黒尾くんの運転で行きたかったんだからこれでいいの」
「はあ。そうですか」

 今回の目的地は、東京郊外の温泉地として有名な某所。電車で行った方が圧倒的に楽だとは思うのだが、彼女はどうしても車で行きたかったらしい。そこまでドライブにこだわる必要はあるのだろうか。
 素直に喜んでいいのかよくわからず、俺はただ相槌を打つだけで終わった。目的地に到着してから行きたいところでも検索しているのか、スマホの画面を眺めて頬を緩めている彼女を横目でちらりと捉える。
 運転中は彼女の様子をまじまじと観察することができない。それが残念な反面、時々彼女からの視線を感じても気付かぬふりをして前を向いていればいいというのは、挙動不審にならずにすむので有難いとも思う。
 運転中の車内にはテレビでよく聴くJPOPが流れていて、無言でも無音にならない環境で助かっている。彼女と長時間一緒に過ごすことを苦痛だとは思わないが、これでもそれなりに気を遣っているから、車内がシーンと静まり返っていたら「何か話した方がいいのかな」と無意識に考えてしまうのだ。

「黒尾くん何食べたい?」
「名前さんが食べたいもの」
「じゃあまずソフトクリーム」
「そこから?」
「おまんじゅうはお土産にするとして……コロッケとチーズタルトとせんべいと、蕎麦も美味しそう」
「そんなに食える?」
「スポーツ男子なら余裕でしょ」
「俺はね。名前さんの心配してんの」
「私が食べきれなかったら黒尾くんが食べてくれればいいじゃん」

 左側からの視線は感じないので、スマホの画面を眺めながら会話しているのだろう。食べ物の話をしている彼女の声は心なしか弾んでいて、純粋にこの日帰りプチ旅行を楽しんでいるのが伝わってくる。
 良くも悪くもいつも通り。自然体。再会して、一度セックスをした。そこから彼女は、俺と二人きりになっても努めてそういう流れにならぬようにしている、ような気がする。
 思わせぶりなことを言っておいて、俺の気持ちを知っておいて、わざと微妙な距離をおいているのだ。なんという悪女だろう。しかしそんな悪女に、俺はどうやっても惹かれているのだからどうしようもない。

 そんなこんなで、車内での雰囲気は良好のまま、無事に目的地に到着した。普段から運転しているわけではないので駐車が上手くできるか密かに不安だったが、そこは難なくクリア。「運転上手だね」という、本音か建前かわからないお褒めの言葉もいただいたので、とりあえずは良しとしよう。
 車を降りると思っていた以上に強い日差しが降り注いできて目を細めた。家を出る時はちょうどいいと思っていた服装も、この日差しの下では暑く感じる。マウンテンパーカーは要らなかったかもしれない。
 彼女は薄手のロングカーディガンを羽織っているが、それほど暑くはなさそう。足元は歩きやすそうなスニーカー。どうやら本格的に食べ歩きを楽しむつもりのようだ。

「行こ! あっち!」
「え、そっち? ほんとに?」
「ちゃんと地図見たもん」

 何の躊躇いもなく俺の手を取って歩き出す彼女に動揺を悟られぬよう、大人しく手を引かれる。すれ違う人には、仲睦まじいカップルに見えているのだろうか。嬉しいような悲しいような、複雑な心境だ。
 しかし俺は手を振り払ったりせず、彼女に大人しくついて行く。彼女のこのスタンスは変わらない。それならば難しいことを考えて落ち込むより、現状を楽しんだ方が得だから。そう、車内でも思ったように、今日は楽しまなければ損なのだ。
 開き直って、掴まれているだけだった手にぎゅっと力を込めてみた。彼女は俺を見上げて何か言いたそうに口をもごもごさせていたが、結局何も言わず、顔の向きを進行方向に戻して足を進める。それならばと指をするする動かして、所謂恋人繋ぎにしてみたら、彼女が立ち止まった。

「どした?」
「……黒尾くんのせいで迷った」
「いや、絶対俺のせいじゃないでしょ」
「気が散って道わかんなくなったの。絶対黒尾くんのせい」
「はいはい。どうもすみませんでした。で? どこ行きたいの? 地図出せる?」

 む、とした顔をしながらも、手を繋いでいる方とは逆の手でスマホを操作して地図が表示された画面を見せてくる彼女にほくそ笑んだ。今は彼女より俺の方が少し優位に立てている気がして、密かに優越感に浸る。
 これまで散々、本当に散々、彼女に振り回されてきた。そもそも、ここに来ていること自体が振り回されているのだ。少しぐらい俺にも振り回す権利がほしい。
 彼女との距離をできるだけ埋めるように、身を屈めてスマホの画面を覗き込む。彼女は自分に近付いてくるのを拒むみたいに手をグッと伸ばして俺の顔を遠ざけようとしているが、そんなの無駄な抵抗だ。

「よく見えない」
「じゃあこれあげる」
「えー? もしかして顔近いと意識しちゃうとか?」
「…………うん」

 調子に乗って自爆してしまった。なんだそのウブな反応は。そういうキャラじゃないでしょ、名前さんは。どうして急に乙女みたいな反応すんの。
 言葉にできない感情を抱えている俺に自分のスマホを押し付けて俯く彼女。その美しいつむじを眺めていたら、髪の隙間から覗く耳がほんのり赤く色付いていることに気付いた。
 しつこいようだが、彼女とは過去に何度もセックスした仲だ。再会してからだって、なんでもないことのように身体を重ねた。それなのに、今更手を繋いで顔を近付けたぐらいで照れて俯くなんておかしいだろ。
 じゃあ俺からの告白に頷いてよ。「好きです、付き合ってください」に対して「私も好きだよ、嬉しい」って返事してくれたらいいじゃん。今からでも遅くないから、仲睦まじいカップルのデートにしちゃおうよ。
 ごくりと唾を飲み込む。と同時に、握っている手に力が入った。

「名前さん、」
「道わかった?」
「……うん」
「時間なくなっちゃうから早く行こ」

 あと五秒、いや、三秒早ければ、俺の思い描いていた結果になっていただろうか。考えても無駄だとはわかっているが、自分の攻めの遅さを後悔せずにはいられない。
 彼女のスマホ画面で確認した目的地に向けてゆっくりと歩き出す。今は手を振り払われないだけマシだと思って、次のチャンスを狙おう。もっとも、次があるのかはわからないのだが。
 繋がった手が熱い。ついでに全身が熱くて、やっぱりマウンテンパーカーは要らなかったな、とどうでもいいことを思う。ふと見下ろした彼女の頬は車から降りた直後よりも赤みを増していて、もしかしたら俺と同じように「カーディガン要らなかったな」とか思ってんのかな、なんて考えたりして。
 日帰りプチ旅行はまだ始まったばかりだし、今から食べ歩きをする予定だというのに、俺はもう胸もお腹もいっぱいになりつつあった。これじゃあ俺の方が乙女じゃないか。