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スイーツにはデジャブを添えて


 もともと行く当てなどなく大学を出たものだから、彼女の半歩後ろを歩く俺は行き先を知らぬままついて行くしかなかった。行き先も教えてくれずのんびり歩く彼女は、ご機嫌な様子で何よりだ。

「どこ行くの?」
「私の好きなところ」
「具体的には?」
「着いてからのお楽しみ」

 ふふふ、と楽しそうに笑いを零す彼女につられて、眉尻を下げる。行き先は別にどこだっていいのだが、ふらふら歩く彼女について行くだけというのは少々不安だ。まあいいか。今日は何の予定もないし。明日もそんなに早起きってわけじゃないし。もっとも、たとえ予定があっても明日がめちゃくちゃ早起きでも、俺は彼女に付き合っていたと思うが。
 彼女は俺が通い慣れた道を外れてどんどん進む。カツカツと鳴る靴音。ローヒールのパンプスとは言え、スニーカーを履いている俺に比べたら足に負担がかかるだろう。歩き疲れることはないのだろうか。軽快な足取りで歩いているところを見ると今のところ大丈夫そうだが、目的地までの距離によっては帰りが心配である。財布の中、いくら入ってたかな。タクシー乗れるぐらいはあったと思うけど。

「はい、着きました」
「え」
「入ろ」

 真面目に今後のことを考えていた俺に呆気なく目的地への到着を告げた彼女は、何の変哲もないコンビニに入っていった。俺は呆気に取られる。
 いやちょっと待って。好きなところって普通のコンビニ? コンビニなら今歩いてきた道すがらにも何件かありましたけど? 仮にも今、デートって名目で歩いてたんじゃなかったっけ? 俺の勘違い? 聞き間違い? 自惚れ?
 全く状況が理解できないが、ルンルン気分でコンビニに入って行った彼女を放っておくこともできず、俺はのそのそと後を追って店内に入る。彼女はちょうどスイーツコーナーでお目当ての商品を見つけたのか、迷わず二つを手に取ってカゴに入れているところだった。俺が近付いてきたことに気付いた彼女は顔を上げ「黒尾くんも食べるでしょ?」と尋ねてくるが、カゴに入れた後で確認してくんのは遅いでしょーよ、オネーサン。

「俺そんなに甘いの食べないけど」
「チョコのやつと苺のやつがあってね、どっちも食べたいんだけど二つ食べたら罪悪感がすごいから、片方は黒尾くんに食べてほしいの。一口ずつ交換したらお得でしょ?」
「なんかすげぇ学生っぽいことすんのね」
「大学生も学生だからいいの」
「名前さんは大人になっても同じことしてそうだけど」
「大人になっても付き合ってくれる?」

 唐突に未来の話をふられて、言葉に詰まる。大人になっても付き合ってくれる? って。それはこっちのセリフだと思う。
 先に大人になるのは年齢的に言えば彼女の方。彼女が学生でいられるのはあと二年弱であり、俺より二年早く大人になってしまうのだ。一足先に大人になった彼女を追いかけて、俺は順当に行けば彼女の二年後に大人の仲間入りを果たす。その時に気紛れな彼女が俺を待っている確率はかなり低いような気がする。

「名前さんが俺の傍にいたらね」
「なんかすごい彼氏っぽいこと言うじゃん」

 彼氏だからね、と返せたらどんなにいいだろう。しかし俺は彼女の彼氏ではないので「そう?」と適当に流すことしかできない。
 大学の講義室では、なんかちょっといい雰囲気かも、と思った。俺に本気になりたくないから逃げた、って、それはイコール俺に本気になりそうだったということだと解釈したからだ。ということは、もしかして今も脈ありかも。デートっぽいことしようって流れになった時の彼女は満更でもなさそうだったし、このまま勢いで、流れで、イイ感じの方向にもっていけるんじゃないかな、って。わりと本気で期待していた。
 しかしよく考えてみれば、それは一年も前のこと。一年の間に彼女の前には色んな男が現れただろうし、考えたくはないがそれなりの関係をもった相手もいるだろう。俺を忘れるには、俺への熱が冷めるには、一年という期間は十分すぎる。
 再会したのは本当に偶然。それを「運命だわ!」と思うようなメルヘンチックな思考は彼女にはなさそうだし、悲しいかな、今も俺を男として意識している様子は微塵もない。意識しているのは、結局俺だけだ。
 カゴの中にスナック菓子の袋とチョコレート菓子、紙パックのレモンティーが入ったところで「黒尾くんは何飲む?」と声をかけられて我に返った。これから一体どこへピクニックに出かけるつもりなのだろう。俺はとりあえず適当にカフェラテを放り込んで、彼女の手からカゴを奪いレジに向かう。
 ピッピッとレジを通していく店員のお兄さんに「袋ください」と告げて財布を取り出したところで、彼女が隣でカバンから財布を取り出すのが見えた。こういう時、支払いはどうするべきなのだろう。彼氏でもない年下男に奢られるのは嫌だろうか。それともそういうのは関係なく男なら奢れと思うのだろうか。たかが千円ちょっとの買い物で頭を悩ませるのが面倒になった俺は、千円札をぺらぺらと二枚出した。

「ありがと。今一万円札しかないから今度奢るね」
「いいよこれぐらい」
「今度、って口実がほしいの」
「口実?」
「黒尾くんに会うための口実」

 口実ってなんだ。口実がないと俺には会えないと思っているのだろうか。何の用事もなくても会いに来てくれたらいいし、連絡をくれたらいいのに。彼女は変なところで律儀というか、真面目だ。そこらへんはルーズでいいのに。
 淡々と商品をビニール袋に詰めて会計を済ませてくれたお兄さんからお釣りを受け取り、ビニール袋を持ってコンビニを後にする。がさり。手に持ったビニール袋は、量のわりに軽い。先に店を出たものの彼女が次にどこを目指すのかわからない俺は、立ち止まって彼女を待った。

「こっち」

 彼女が来た道の方を指さして歩き出す。どうやらまた大学の方に戻るらしい。わざわざこのコンビニに来た意味はあるのだろうか。彼女の意図を汲み取ることができないまま、俺はまた半歩後ろを大人しく歩く。

「コンビニなら大学の近くにもあったでしょ。なんであそこ?」
「デザートのラインナップが違うの。今日発売の新作はあのコンビニじゃないと置いてないんだから」
「そういうことね」
「あのコンビニが一番好きだけど一人で歩いて行くのは寂しいなあっていう」
「何それ。十分もかかんないじゃん」
「私寂しがり屋だから」

 聞いても理解できない理由を得意気に宣った彼女は、やっぱりご機嫌な様子で靴音を鳴らした。この調子だと、大学構内の食堂でこれらを食べる、という、デートにはほど遠い流れになりそうだが、彼女がそうしたいなら俺はとことん付き合うしかない。これが惚れた弱みというやつだ。
 しかし俺の予想に反して、彼女の足は大学に向かわなかった。そして次に「着いたよ」と言われたのは、小綺麗なマンションの前。これは、完全にデジャブだ。

「もしかしなくてもここ名前さんち?」
「正解」
「何、この前の仕返し?」
「違う違う。お菓子パーティーしたいなと思って」
「二人で?」
「そう。二人で」
「男女二人きりで?」
「そういう言い方すると不健全な感じになるじゃん」
「俺たち二人きりで不健全じゃなかったことないと思うんだけど?」
「そうだっけ?」

 下手くそなとぼけ方をして、まあ細かいことは気にしなくていいじゃん、とマンションのエントランスに入っていく彼女は、俺をどうしたいのだろうか。一年前のアパートとは違う小綺麗なマンション。なぜ引っ越したのだろうか。利便性? セキュリティシステム? それ以外の問題? 俺は現実逃避と言わんばかりに、どうでもいいことを考える。
 彼女はなかなか入ってこない俺をご丁寧に迎えに来てくれて、腕をくいくいと引っ張った。危機感、なんてものは俺に抱かなくていいと思っているのだろう。というか、そういう流れになったとしてもまあいいやって割り切るつもりなのだと思う。彼女はそういう人だから。

「黒尾くん」
「なに」
「私の家、入りたくない?」
「入りたくないって言ったらどうするんですか?」
「帰ってもいいよ」
「そこは、ここまで来て帰るの? って言わなきゃだめじゃない?」
「よく覚えてるね、黒尾くんは。……別に、忘れてもいいのに」

 ここにきて急にしおらしくなって俺に選択肢を与えようとする彼女は卑怯だ。忘れてもいいのに、というのは、忘れていた方が良かった、という意味だろうか。だとしたら、絶対に忘れてやらない。これからもずっと。俺は未練がましくて嫌な男だから。
 取ってつけたように「ここまで来て帰ったりしないよね?」と言ってくる彼女に、緩やかな笑顔だけを返す。彼女はそれをどう受け取ったのだろう。俺と同じように静かに笑みを浮かべて歩みを進めた。