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06 意表
 手際よく炒める行程を見ていたから、何を作ってくれているのかは分かっていた。先生が今お皿に盛り付けているのは、紛れもなくチャーハンだ。ご馳走と呼ぶには程遠い名前のそれに、私は少しガッカリしてしまう。
 しかし、スーパーでの会話をよくよく思い出してみれば、先生は「美味いもん食わせてやる」と言っただけで「ご馳走を食わせてやる」とは言っていない。私が勝手に脳内でご馳走を振る舞ってもらえるものだと思い込んでいただけなのだ。
 いや、でもそれにしたってチャーハンって。そんなの私でも作れるし。美味いもんって言っても、美味いチャーハンなんてたかが知れていると思う。
 私が心の中でぶうぶうと文句を言っていることなど全く知らない先生は、ほかほかと湯気を立てる平凡なチャーハンを得意気に持ってきて、私の前に置いた。匂いはとても食欲をそそる良い香りだ。けれども私は嫌な女なので、やっぱり「チャーハンか…」と思ってしまう。


「遠慮せずに食えよ」
「はあ……」
「お前の要望通り中華だろ」


 確かにチャーハンは中華料理だけど!そんな嫌味ったらしく言ってこなくても良いじゃんか!まったく、いちいち勘に障る言い方をしてくる男である。
 私は「いただきます」と手を合わせてからスプーンを引っ掴むと、何の変哲も無いチャーハンを掬って一口食べてみた。もぐもぐ。ぴたり。数回咀嚼した私は動きを止める。
 皿にのっているのは間違いなくごく普通のチャーハンだ。それなのになんだこの味は。信じられない。お店でもこんなチャーハンは食べたことがないと思う。そもそも出先でチャーハンを食べること自体あまりないのだけれど、今はそういうことは置いておいて。
 もぐもぐ。再び口を動かし、たっぷり味わった後ですぐさま二口目を口の中へ。もぐもぐ。私はそこからひたすら口と手を動かし続けた。たかがチャーハンだなんて思ってごめんなさい。されどチャーハンですね。


「どう?」
「見た目はチャーハンだけどチャーハンじゃないみたいな味がします」
「素直に美味いって言えよ」
「これは認めざるを得ない…美味しい…」


 悔しいけれど「まあまあですね」とか「普通じゃないですか」とか「私の方が上手く作れます」とは言えなかった。それぐらい、びっくりするほど美味しかったのだ。私が生きてきた中で一番美味しいチャーハンに認定できるレベルだ。お陰でスプーンが止まらない。
 もくもくと食べ続ける私の前に、先生が座った。どうやら先生もチャーハンを食べるらしい。質素な夜ご飯だ。けれど、誰かと一緒に食べるのも、誰かの手料理を口にするのも久し振りだから、その相手がたとえ先生であろうとも楽しい気分になった。
 だから、私は改めて口にする。経緯はどうあれ、そしてメニューはどうあれ、私のために夜ご飯を作ってくれた先生へ感謝の気持ちを込めて。


「本当に美味しいです」
「だろ?」


 そんな私の誠意が伝わったのだろうか。先生がニッと笑った。あの、常に仏頂面の先生が。私のことを馬鹿にするか怒鳴るか、そうでなければ呆れるかの表情しか見せてくれたことがない先生が。今、私に向かって笑ったのである。
 私は驚いた。先生って笑えるんだ、と。だって家庭教師をしてくれていた時も、再会してからも、先生の笑顔なんて一度も見たことがなかったのだ。そりゃあ驚くに決まっている。思わずスプーンを動かす手も止まってしまった。
 私と入れ替わりでパクパクとチャーハンを食べ始めた先生は、私がその姿をぼーっと見ているのが気になったのか「なんだよ」と手を止める。別に理由があって見ていたわけではない。先生も人間なんだなあと、ひしひしと感じていただけだ。けれど、それを率直に答えるとまたややこしいことになってしまうのは目に見えているので、私は別の話題を探す。


「先生はどうして私にご飯をご馳走してくれる気になったのかなあと思って」
「もやし生活があまりにも不憫すぎたから」
「もやし生活をしてるとは言ってませんし実際もやし以外も食べてますけどね」
「だとしても、不摂生そうだから何か恵んでやろうかと思って」
「……ありがとうございます?」
「疑問符を付けずに普通に礼を言え」


 私だってできることなら気持ちよくお礼を言いたい。けれど、そうさせてくれないのは先生だ。私がどうしても捻くれた返事をせざるを得ない言葉を投げ掛けてくるのが悪いと思う。
 だが、私は大人だ。先生とは違う。ご馳走になったのは事実だし、ここは多少イラッとするようなことを言われてもぐっと堪えてお礼を言うのが、できた大人というものである。


「久し振りに美味しい手料理を食べました。ありがとうございました」
「どういたしまして。お前、料理できなさそうだもんな」
「失礼な!人並みにはできます!」
「あっそ。そんなことより、なんでニートなんだよ」


 再びチャーハンを食べ始めながら何の気なしに私のデリケートな部分を抉ってくる先生は流石としか言いようがない。この人にはやはり、優しさとか常識というものが足りないような気がする。
 とは言え、今後どうしようかと悩んでいるのも、悩みを相談する相手がいなくて困り果てているのも事実。こうして話す機会が与えられたのも何かの縁があってのことかもしれないし、話してみようか。たぶん馬鹿にされるか、笑われるか、呆れられるかのいずれかだろうけれど、人に話すことで頭の中を整理できたり何かに気付くことができるかもしれない。
 私はもそもそとチャーハンを食べながら、最近の出来事を掻い摘んで話していった。元カレとの諸々のことはサラリとしか説明しなかったけれど、不幸の連続であるということは伝わったと思う。
 先生は自分から私がニートになった理由を訊いてきたくせに(ていうかニートじゃないんだけど)「ふーん」と相槌を打つだけで、非常に興味がなさそうだ。聞く気がないなら突っ込んでほしくなかったんですけど。
 もそもそ。もぐもぐ。イラッとしてもモヤッとしても、チャーハンは変わらず美味しい。


「まあこういう言い方したら無責任に聞こえるだろうけど、仕事先なんてその気になればすぐ見つかるんじゃねーの」
「そんな適当な…」
「名字はやればできるヤツだからな」
「へ、」
「大学も、最初は絶望的でかなり厳しかったけど、ちゃんと合格しただろ?」


 ぱくり、チャーハンを口に運んだ先生は、また笑って見せた。本日二回目、否、昔も含めて、出会ってから二回目の笑顔である。
 先生の家でご飯をご馳走になっている時点で不思議な光景なのに、それに上乗せして先生に笑いかけられるという不思議体験をしている私。改めて考えてみるとおかしいことだらけだ。今の先生の言葉も、それまでの憎たらしいばかりのセリフとは明らかに温度が違っていて戸惑ってしまう。


「あれは…先生のお陰なので……」
「まあそうだよな」
「…そこは、名字が頑張ったお陰だ、って言うところじゃないんですか?」
「いや、俺がいなかったら絶対合格できなかったし」
「それはそうですけど!今はそういう雰囲気じゃなかったじゃないですか!」
「あーはいはい、チャーハンまだ食う?」
「……食べます」
「太るぞ」
「先生、デリカシーって言葉知ってます?」
「そんだけ元気あったら大丈夫だな」


 失礼な言葉を浴びせながらも私の皿にチャーハンを盛り付けてくれた先生の顔は、また笑っていた。これで三回目。先生どうしちゃったんだろう。こんなに笑うキャラじゃなかったと思うんだけど。実は機嫌良いのかな。
 先生はよく見たら整った顔をしている。だから今日みたいに笑顔を向けられると、なんだか変な気持ちになってしまうから困る。私はこの先、何回この表情を見ることができるんだろう。意味もなくそんなことを思いながら口に運んだチャーハンは、飽きることなく絶品だった。

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