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23 前進
 ムードなんか微塵もないバレンタインデーだったけれど、あれはあれで良い時間を過ごせたと思う。ラーメン美味しかったし。一也さんともいい感じだったし。
 そんなこんなで夢見心地のまま月日は流れ、気付けばいつの間にか四月になっていた。一年前は最悪でしかなかった四月だけれど、今年は確実に去年より素晴らしい春だと言い切れる。
 結局バレンタインデーに何もできなかった私に対して、一也さんはちゃっかりホワイトデーにキャンディーの詰め合わせをプレゼントしてくれた。そういうこと全然興味ないって感じなのに、そして恐らく本当に興味がないはずなのに。私がバレンタインデーの時に何かしたいなあと思ったように、一也さんも私のことを考えて用意してくれたのだと思うと、ニヤけずにはいられなかった。
 というわけで、ご覧の通り、四月に入ってからも一也さんとの関係は順調だ。去年の私が今の私を見たら「有り得ない!」と叫び、必死の形相で「そんな男と付き合うのは考え直せ」と自分自身を悟すだろう。しかし今の私は幸せなわけで、現在進行形で一也さんのことがどんどん好きになっている。だから、もし過去の自分に会うことができたら言ってやりたい。今はドン底でも未来は明るいよって。
 そういえば確認するタイミングを逃していたからいまだにわからないのだけれど、一也さんはいつから私のことが好きだったのだろうか。最初から、と言われたけれど、それが再会してすぐのことなのか、学生時代の初対面の頃のことなのか、定かではない。
 でも、さすがに学生時代からってことはないか。私に対してめちゃくちゃ厳しくて恋してるって感じは全くなかったし。となると、再会してからの線が濃厚なのだけれど、再会してからの一也さんって私の扱いかなり酷くなかった?ていうか再会してからどのタイミングでラブが芽生えたの?
 考え出したら止まらなくて、気になって気になって仕方がなくて、私はお隣の部屋に突撃訪問した。また来たのか、と嫌そうな顔ひとつせず「もう飯食った?」と確認してくる一也さんは、いい彼氏なのだと思う。けど、一也さんはいつも私が一也さんの手料理だけをお目当てにして会いに来ていると思っているのだろうか。だとしたら心外だ。


「今日はご飯が目当てで来たわけじゃありません」
「じゃあ食わねーんだな」
「作ってくれたら食べますけど!」
「飯目当てじゃん」
「違います!訊きたいことがあって来たんです!」
「訊きたいこと?」


 玄関先でぎゃあぎゃあ言う近所迷惑な私に、とりあえず入れよ、と言って入るよう促す一也さんは大人だ。そんなに歳が離れているわけではないのに、この落ち着きようは何だろう。時々子どもみたいに私と言い合いをすることはあっても、要所要所で大人な対応をしてくれる。すごく今更だけれど、私とは釣り合わないハイスペックな人だよなあと他人事のように感心してしまう。
 一也さんの家で二人きりで過ごすことには慣れてきた。距離が近いとまだドキドキすることが多いけれど、それでも最初の頃に比べたらナチュラルに対応できるようになったと思う。今だって台所に並んで立っていたって普通に話せてるし。ちゃんと手も動かしてるし。


「で?訊きたいことって?」
「ずっと気になってたんですけど、一也さんっていつから私のこと好きなんですか?」
「はあ?そんなこと訊きに来たのかよ」
「そんなことじゃないですよ!大事なこと!」
「今更そんなの知ってどうすんの?」
「別にどうもしませんけど。気になり始めたら止まらなくて夜も眠れそうになかったんですもん」
「いや、お前は絶対寝る」


 うん。私もそう思う。どれだけ気になることがあったとしても睡魔には勝てないから。しかし今はそんなことどうでもいいのだ。こちらがストレートに尋ねたのだから、一也さんもストレートに答えてほしい。
 むむ、と口をへの字にして一也さんを見つめ続けてみたけれど、手が止まってる、というごもっともな指摘を受け、私は手元のにんじんに視線を戻した。やっぱりそういうことは教えてくれないか。なんとなくそんな気はしていたから、それほど落胆はしていない。
 今日は肉じゃがにしよう、という話になったので、私は気を取り直して、にんじんやじゃがいも、玉ねぎを切っていく。料理はあまり好きじゃなくて自炊も気分がノった時しかしていなかった私だけれど、一也さんと付き合い始めてからは全部任せるのが申し訳なくて一緒に台所に立つことが多くなった。そのせいか、以前に比べて確実に料理の腕が上がっている。


「一也さんって料理上手ですよね」
「まあ子どもの時からやってるからそれなりには」
「子どもの時から?」
「うち母親早くに亡くしてるから家事はなんとなく俺がやってて」
「そう、だったんですか、」
「しんみりするところじゃねぇからな」


 初めて一也さんの家族についての話を聞いて、触れちゃいけないことだったかも、と気まずさを覚えていた私の頭を、一也さんが乱暴にぐしゃっと撫でた。気にするな、という意味だろう。単純な私は、それだけのことに安堵する。
 しかしそれと同時に、ちょっと落ち込んだ。私、一也さんのこと何も知らないんだなあって。それこそ今更のように実感してしまったから。
 私も私自身のことを一也さんに語ってはいない。だから私達は、お互いのことを深くまで知らないのだ。相手の全てを知る必要はないと思う。けれど、一也さんのことなら一つでも多くのことを知っていたい。そう思うのは、私の我儘なのだろうか。


「お父さんは?」
「潰れそうな町工場やってる」
「潰れそうな、って…」
「で、俺はその潰れそうな町工場の経営コンサルタント」
「へぇ…経営コンサルタント…」
「あと、地元の草野球チームの監督兼コーチもやってる」
「全然知らなかった……」
「だって言ったことねーもん」


 私が切った野菜や肉を手際よく調理していきながら、一也さんは何でもないことのようにポンポンと新情報を与えてくる。今まで何の仕事をしているのか気になっていたものの、知らなくても困らないか、と思ってあえて尋ねずにいたのだけれど、まさかこんな流れで教えてもらえるとは思わなかった。
 それにしても経営コンサルタント…って何だっけ?頭が良くないとできなさそうな仕事だなあとは思うけれど、具体的な仕事内容はさっぱりわからない。あとで検索してみよう。
 ていうか草野球チームの監督兼コーチって、いつやってんの?土日とか?そういえば家が隣同士でいつでも会えるから意識していなかったけれど、土日の日中は不在のことが多い気がする。なるほど、そういうことだったのか。


「今度試合あるんだけど、観に来る?」
「いいんですか?」
「いいけど、そういえばお前、野球のルールわかる?」
「わかりますよ!失礼な!」


 はっはっは!と笑っている一也さんは、どことなく嬉しそうに見えた。


「どうして色々話してくれたんですか?」
「ん?」
「一也さん、今まで自分のこと話してくれたことなかったじゃないですか。だから、急にどうしたのかなって」


 肉じゃがの美味しそうな匂いが立ち込めてきた。味噌汁もちょうど温まったようで、鍋から湯気が立っている。付け合わせに用意したきゅうりの酢の物を冷蔵庫から取り出して、お茶碗や箸を用意。また一也さんに、手が止まってる、と指摘されないように、私はせっせと動きながら会話を続けていた。
 カチッ。コンロの火を消して、一也さんが肉じゃがを皿に盛り付けていく。


「そろそろ次に進んでもいいかなと思ったから」
「次?」
「そう。次」


 盛り付け終わった肉じゃがをテーブルに運ぶ一也さんはいつもと何も変わらない。対して私ときたら、しゃもじを持ったままぼけーっと突っ立ったまま放心状態。しかし、無理もないと思うのだ。急に「次」なんて言われたら、次って何?と考え込むに決まっている。
 曖昧な言い方をしないでほしい。私の質問に、ちゃんと答えてほしい。そうしないと、私は勝手に自分にとっていい方向へ期待を膨らませてしまうから。


「飯まだ?」
「え、あ、はい」
「冷めないうちに食おうぜ」


 いやいや、待ってよ。今わりと大事な話してましたよね?ご飯が冷めるとか、そんなこと気にしてる場合ですか?
 心の中でぐちぐち言いながらも、私は茶碗にご飯をよそってテーブルに持って行く。それから出来上がったばかりの食事を前に二人で手を合わせて食べ始めて、いつさっきの話の続きをするのかなと身構えていたのに、一也さんは「次」に関する話は何もしてこなくて。
 ご飯を食べ終わり後片付けまで終わっても、一也さんは相変わらず。だから私は尋ねるしかなかった。次って何ですか?って。また答えてもらえないかもしれないけれど、それでも、尋ねないとわからないから。


「次に進むってどういう意味ですか」
「ん?あー、さっきの?」
「はい」
「野球観に来るんだよな?」
「へ?はい」
「その後、うち来る気ある?」


 うちって実家の方な、と。一也さんは、珍しく私の顔色を窺いながら言葉を紡いだ。一也さんの実家に行く。つまり、一也さんのお父さんに会う。それってもしかしなくても、自分の親に彼女を紹介するってこと、だよね?
 大人になって親に付き合っている相手を紹介するのって、私はすごく大きな意味を持つと思ってるんだけど。一也さんも私と同じ考え方という認識で良いのだろうか。一也さんの表情を確認したところで、その脳内が透けて見えることはない。
 行ってもいいのかな、とか、私でいいのかな、とか。数秒間で色々考えた。考えたけれど、どれだけ考えても私が取る選択肢はひとつだけだった。
 こくり。頷く。一也さんは「じゃあ連絡しとくわ」と言って、その話はそれっきり。でも、私はちゃんと気付いていた。その声がいつもより少し弾んでいることに。だから私は、やっぱり勝手に「次」を期待する。

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