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21 無知
 それは突然の出来事だった。
 クリスマスもお正月ものんびりと二人で過ごし、年明けの仕事もどうにかこうにか終わらせて迎えた一月の三連休初日。夕方の五時を過ぎた頃に一也さんの家のインターホンが鳴った。
 私は例の如く一也さんの家にお邪魔していて「今日の夜ご飯は何にしましょうかー」と、退屈凌ぎで適当な話題をふったところだったのだけれど、一也さんがテレビインターホンの画面を見て「げ」と珍しい反応を見せたものだから、どんな来訪者が現れたのかと興味深くなって画面を覗き込んだ。
 そこに映っていたのは、私が知らない男の人二人。なかなか応答しようとしないから私に気を遣っているのかもしれないと思い「帰りましょうか?」と確認したら「いや、いい」と即答してくれたのは、ちょっと嬉しかった。私はここにいていいんだ、って思えたから。

 そんなこんなで、今私の隣には一也さんが座っていて、その正面には一也さんの旧友だというちょっと目つきの悪い男の人、そしてその隣……つまり私の正面には、ニコニコというよりニヤニヤしている、一也さんの高校時代の後輩だという男の人が座っている、という謎の状況だ。
 一也さんは非常に迷惑そうな顔をしているけれど、追い払わずに渋々でも家に招き入れたところを見ると、満更でもないのかもしれない。そういえば私は一也さんの交友関係について知らないし、もっと言うなら、こうして再会する以前のことはほぼ何ひとつ知らないと言ってもいいだろう。そして一也さんも、私の交友関係や再会する以前のことについて、ほぼ何も知らないはず。
 一緒に過ごす時間は格段に増えたのに、他愛ない日常会話ばかりしていたせいで、今更になって気付く。私たちはお互いのことを知らなさすぎる。


「で?何しに来たんだよ」
「ちゃんと連絡したでしょーが!新年会を兼ねて同窓会しますよって!」
「行くって返事した覚えないんだけど」
「沢村がお前を迎えに行くってうるせーから仕方なく」
「俺んちを知ってる倉持とここまで来たってことか」
「そういうこと」


 ちょっと目つきの悪い男の人が倉持さん、表情豊かな男の人が沢村さん。それだけをインプットした私は、口を挟める状況でもないので静かにことの成り行きを見守る。ていうか私、ここにいる必要なくない?隣の自分の家に帰りましょうか?
 そんな心の声が聞こえたのだろうか。隣に座っていた一也さんが「名前、勝手に帰んなよ」と釘を刺してきた。なぜだ。なぜこの男はいつも私の考えていることをドンピシャで当ててくるんだ。そしてなぜ帰らせてくれないんだ。
 今の話の流れから推察するに、今日は高校時代の人たちで集まって新年会を兼ねた同窓会をする予定らしい。それならば私は家に帰るのが当然の流れだと思うのだけれど、一也さんは私に帰るなと言ってくる。その理由が、私にはよく分からなかった。


「ところでそちらの方はキャップの彼女さんですか?」
「キャップ?」
「こいつの言うことは無視していいから」
「ちょっと!それはどういう意味ですか!」
「そのまんまの意味だけど」


 後輩だからなのか、沢村さんはやけにぞんざいな扱いを受けているけれど、それがなぜか嬉しそうでもあって不思議な感じがした。私は一也さんの高校時代のことなんて一ミリも知らないけれど、きっと毎日楽しく過ごしていたんだろうなあと、今のやりとりを見ていただけでなんとなく感じ取れる。それにしても「キャップ」ってどういう意味だろう?一也さんのことなのは分かるけど。
 尋ねるタイミングを逃したので一人で悶々としている私をよそに、いまだにぎゃあぎゃあと賑やかな沢村さんのことを本当に無視して、倉持さんに「俺今日行かねーから」と伝えている一也さん。……え、行かないの?なんで?もしかして私が来てたから?
 そこで、やっぱり私の心の中の呟きが聞こえてしまうエスパー・一也さんは「もともと行くつもりなかったから返事しなかったんだよ」と言葉を落とす。今の沢村さんや倉持さんとのやりとりを見た限り、人間関係が上手くいっていなかったから顔を出しづらい、というわけではなさそうだ。それならばどうして行かないのだろう。
 私と同じ疑問を抱いたらしい沢村さんも「なんでですか!」と食らいついている。しかし倉持さんは「まあお前はそう言うと思った」と納得していて、すんなりと「じゃあ帰るわ」と席を立った。
 なんと理解のあるご友人だろうか。初対面の印象で目つきが悪くてヤンキーっぽいなんて思ってごめんなさい。人は見た目で判断しちゃダメですね。


「御幸の彼女」
「え?あ、はい、私、です……か?」
「彼女じゃねーの?」
「か、かの、彼女、です、たぶん……」
「たぶん?」
「いや、えーと、ちゃんと彼女です」


 改めて「彼女」と言われると、嬉しいけれど戸惑いがすごくてしどろもどろしてしまう。一也さんは「ちゃんと彼女って何だよ」とクツクツ笑っているけれど、こちらはかなり大真面目だから馬鹿にしないでほしい。
 倉持さんは、私がわけのわからない返事ばかりしても馬鹿にせず呆れた様子も見せず、ちょっとだけ楽しそうに笑った。笑うと目元が優しくなるから、尖った印象が和らいで少し幼く見える。


「御幸のこと、宜しく頼むわ」
「はい?はい……はい?」
「宜しくしてやってんのは俺の方だけどな」
「一也さん、こういう時は黙っとくべきですよ」
「事実なのに?」
「事実でも!」
「キャップが楽しそうで何よりです!」
「お前はうるせーな。相変わらず」


 うざったそうに言いながらもケラケラと笑っている一也さんは、いつもよりリラックスしているというか、童心に帰っているように見えた。どうしてこんなに楽しそうなのに、同窓会に行かないのだろう。そこがどうしても理解できないけれど、今ここで尋ねるのは間違っているということぐらい分かる。
 それから倉持さんと沢村さんは一也さんと幾つか言葉を交わして、嵐のように去っていった。帰りがけに倉持さんが「結婚する時はちゃんと連絡しろよ」と言うのが聞こえてかなりドギマギしてしまったけれど、一也さんは「うるせーよ」と涼しい顔であしらっていて、それに安心したような落胆したような、複雑な心境だ。
 小一時間話をしていたから、時刻は夜の六時を過ぎたところ。今日の夜ご飯を何にするかは決まっていないけれど、なんだかお腹がいっぱいですぐには食べられそうにない。


「本当に行かなくて良かったんですか?」
「さっき言っただろ。最初から行くつもりなかったんだって」
「どうして?」
「寒いし外出るの面倒だから」
「本当にそんな理由で断ったんですか?」
「あとは、まあ……色々あって」
「色々って?」
「知りたい?」


 知りたいか知りたくないかで言ったら、そりゃあ知りたい。一也さんのことなら何でも。けれどもそこに踏み込むには、まだ私には勇気が足りなくて、返事に迷う。迷って、私が出した答えは。


「別に、いい、です」
「知りたいって顔に書いてある」
「分かってるなら訊かないでください!」
「そんな怒んなって」


 結局これだ。一也さんは常に私より一枚も二枚も三枚も上手だから、どんなに私が頭を悩ませて出した答えだとしても、あっさりと受け流す。そしてそれに心を沈める間もなく、私の心を浮上させるのだ。


「そのうち話すから」
「期待せずに待っときます」
「はっはっは!お前のそういうところ好きだよ」
「え」
「え?」


 ほら。こんなにも簡単に浮き上がる。好きなんて滅多に言わないくせに、まるでいつも言っているみたいに軽いノリでその二文字を言ってのけて「あれ?言っちゃいけなかった?」って、照れもせずにこちらを見つめてきたりして。
 そういうところってどういうところ?って訊いても、きっと私のほしい答えは返ってこないだろうから尋ねたりはしない。その代わりに「お腹すいたんですけど!」と無理矢理話を逸らせば、一也さんは愉快そうに笑った。
 私と一也さんは恋人同士だけれど、お互いのことをほとんど知らない。それを寂しいと思っていた。「知らない」ということに、妙な焦りを感じていた。しかし漠然と、全てを知る必要はないのかもしれないと思った。
 誕生日、血液型、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなテレビ番組、お気に入りの音楽、行きつけのお店、服の趣味。知っていることもちゃんとある。だから私たちは、少しずつ知っていることを増やしていけたらいい。
 よし、決めた。今日の夜ご飯は私の大好物をリクエストしよう。一也さんに私の大好物、当てられるかな。正解は一也さんお手製の餃子なんだけど、チャーハンセットだとパーフェクト。エスパー・一也さんなら分かるよね?

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