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16 男女
 絶対に眠れない。無理無理無理!隣に先生がいて爆睡なんてできるわけないでしょ!徹夜するしかないじゃん!…と思っていた昨日の夜の自分に言ってやりたい。心配せずとも、私は何の問題もなく先生の隣で健やかに眠れましたよ、って。

 そもそも一緒に寝るつもりなんてなかった。私はソファで寝るので先生はいつも通りベッドで寝てください、って、ちゃんと主張したのだ。けれども、状況的に見ると当然というべきか、私の主張は全く聞き入れられず、アイスを食べた後で寝室に押し込まれた。というか、ベッドに引き摺り込まれた、という表現が正しいだろうか。
 ベッドの中に入った直後は、そりゃあもう心臓が飛び出るんじゃないかってほどバクバク脈打っていた。極力先生の存在を意識しないようにしようと思って、先生に背中を向けて目を瞑ったりしたのだけれど、それが逆に「先生のことめちゃくちゃ意識してます」と言っているようなものだったのだろう。
 先生は私の背中に張り付くように身体を密着させてきて、私が身体を強張らせるのを楽しむかのように声を押し殺して笑っていた。その行動には腹が立ったし、何か言い返してやりたいとも思ったけれど、そんなことよりも先生の体温がシャツ越しにじわじわと伝わってきて、私は声を出せる状況じゃなかった。
 このままそういう流れになって、あれよあれよという間に食われてしまうのだろうか。拒絶しても、押し切られたら逃げられそうもない。というか、拒絶しきれる自信がない。だって私は、先生のことが好きだから。恥ずかしくて、心臓が飛び出そうなほどドキドキしていても、心の底では先生を受け入れたいと思ってしまっている。だから、拒絶しきれるわけがない。
 それならば覚悟を決めよう。大丈夫。初めてってわけじゃないんだし。先生だってたぶん経験あるだろうし。下着はちょっと残念なやつだったかもしれないけれど、先生なら「お前らしいわ」って笑って見過ごしてくれるような気がするし。……いや、でも、それは女として悲しいな。
 そんなことをごちゃごちゃ考えている間にも時間は過ぎる。先生の手が私のお腹あたりを触り始めて、やっぱりそういう流れになるんだって思った。抵抗はしなかった。ただぎゅっと目を瞑り、これから起こるであろうことを想像して、身構えた。

 そして、気付いたら朝になっていた。本当に、きれいさっぱり記憶がない。つまり、私はその状況から眠りに落ちたのである。自分でも信じられない。あんなに緊張していたくせに、身構えていたくせに、まさか寝落ちるなんて。
 たしかに先生の体温は心地良かったし、布団はふかふかで気持ち良かった。けれど、想いが通じ合った直後の男女がベッドの中でなんとなくそういう雰囲気になったというのに何もせず朝を迎えるなんて、それも女の方が寝落ちたから何もできなかったなんて、男側からしたら萎えるどころの騒ぎじゃないだろう。
 穴があったら入りたい。このまま先生に気付かれぬよう自分の家に逃げ帰りたい。と思ったけれど、隣がもぬけの殻ということは私より先に先生が起きているということ。つまり、寝室を出た先の台所には確実に先生がいる。気付かれずに家に帰ることは不可能だ。
 本当に最悪。どうしよう。いや、どうもしないんだけど。どうにもならないんだけど。昨日はごめんなさいって謝るしかないんだけど。これで幻滅されて早速フラれたら、それこそ目も当てられない。しかし、その可能性は大いにあり得る。私の馬鹿。
 気が重い。重たすぎてベッドから起き上がれないほど。けれどもここは先生の家なわけで、いくら今日が土曜日で仕事が休みだからと言って、いつまでもぐだぐだとベッドを占領しているわけにはいかない。ふと目に入った時計で時刻を確認すると、八時になろうかというところ。
 さすがに起きた方が良いよね。ああ、でも、八時になるまであと五分少々。せめてその間だけ猶予をいただきたい。そう思って再びベッドに沈んだ直後、寝室の扉が開く音が聞こえた。先生が入ってきたのだ。
 やばい、どうしよう。いや、何もやばくないし普通に「おはようございます」って挨拶をして起きれば良いだけなのはわかっているのだけれど、なんというか、すごく気まずい。そんなことを考えている間に起き上がるタイミングを逃してしまった私は、とりあえず先生が出て行くまで寝たフリを決め込むことにした。心を落ち着けてからきちんと挨拶しよう。うん、その方が良い。
 折角そうやって今後の段取りを頭で考えていたというのに、先生はことごとく私の計画を台無しにする男だ。なんと驚くべきことに、先生はベッドの中に潜り込んできたかと思うと、昨日の夜と同じように私の背中にぴたりと張り付いてきたのである。
 もしかしてトイレに行っただけで、すぐに二度寝の態勢にはいっちゃったのかな?まだ寝ぼけてるとか?だとしたらちょっと可愛くない?
 そんなことを思ってしまったものだから、私は先生がどんな寝顔をしているのか気になって身体の向きを変えてみることにした。もぞもぞ。布団の中でゆっくり動いて、自分より高い位置にある先生の顔を見上げる、と。それはそれは楽しそうに笑みを浮かべている男と目が合った。「おはよう」と言われたけれど、それに返事をする気力はない。
 やられた。完全に図られた。私は咄嗟に顔を隠そうと下を向く。すると、そういうつもりは全くなかったのに先生の胸元に自分の顔を埋めるような格好になってしまって、余計に慌ててしまう。狭い布団の中では逃げ場がないのだ。


「爆睡だったな」
「ご、ごめんなさい……」
「何が?」
「いつの間にか寝ちゃってて、」
「よくあの状況で寝れるよな」
「だから本当にごめんなさいって思ってます!」
「ふーん?」
「私だって寝るつもりなかったんです!ずっとドキドキしてたし、覚悟も決めてたし、先生となら大丈夫!って……思って、た、し……」
「へーぇ?」


 尻すぼみになる私の語気とは対照的に、先生の声は愉快そうに踊っている。またやってしまった。気持ちが昂ると思ったことを全てぶち撒けてしまう癖、どうにかしたい。そんなことを今思ったところで、後の祭りだ。
 どうにかして先生から距離を取りたくて、できれば逃げ出したくて布団から出ようとしたけれど、腰をがっちりホールドされていたら動けるわけがない。俯いているだけで精一杯という四面楚歌の状態で、私は自分の顔が火を噴きそうなほど熱を持っていることに気付いた。


「それって今でも有効?」
「は?」
「今もドキドキしてて、覚悟決めてて、俺なら大丈夫って思ってるかってきいてんの」
「なっ、そ、それはっ」
「それは?」
「……わかってるくせに、いちいち確認しないでくださいよ……」


 わかっているくせにきいてくるなんて、先生はやっぱり性格が悪い。私に必要以上の羞恥心を募らせて殺そうとでも思っているのだろうか。だとしたらとんでもない殺人鬼だ。まあ確かに先生は、昔から色んな意味で鬼だったけど。
 どうやっても視線を上げられない私の頬を、先生が手の甲で撫でる。その動作は、こっちを向け、という命礼ではなく、こっちを向いてくれないか、とお願いしてきているみたいで、私は自然と顔を上げていた。
 これも先生の策略の一つかもしれない。けれど、たとえ策略だったとしても、罠だったとしても、私はそれに引っかかるマヌケな兎で良いやと思った。どうせ知能で先生を上回ることなんて不可能だ。だったらもう、先生の思い通りになっちゃえばいいか、って。投げやり半分、先生なら私のことを悪いようにはしないだろうという信頼半分。
 視線が交わる。先ほどは余裕がなさすぎて気付かなかったけれど(今も余裕なんてものはちっとも存在しないけれど)、私はこの時になって初めて、先生が眼鏡をかけていないことに気付いた。もともと端正な顔立ちが、眼鏡がないことによってより一層ダイレクトに視覚情報として脳に伝わっていく。


「折角いい雰囲気なのに、よだれの跡ついてんのが気になって台無しなんだけど」
「えっ!?ちょっ、そういうのは見て見ぬフリしてください!」
「はっはっは!」
「もー!」
「……うそ」
「へ、」


 何がなんだかわからぬまま、私のかさついた唇に潤った先生のそれが押し当てられた。本当に押し当てられただけのそれは、数秒後に離れる。その間、私は目を瞑ることも忘れていて呆然としていた。それこそ、雰囲気なんてあったもんじゃない。


「それぐらいのマヌケ面がちょうどいいんだよ、お前は」
「私のこと、まだ女として見てくれないんですか」
「……その逆」
「え」
「女として見てるから、女の顔されたら困んの」
「どうして?」
「わかってるならいちいち確認すんなって言ったの、自分だろ」


 怒っているというより拗ねているような、幼い表情を見せる先生が新鮮だった。そうか、私、ちゃんと先生に女として見てもらえてるんだ。そう思ったら急に自信が湧いてきて、もちろん羞恥心は消えてなくなったりはしていないけれど、それよりも先生ともっと近付きたくて。
 ありったけの「イイ女」を詰め込んで口付ける。先生は驚きもせずにそれを受け入れたから、なんだ、やっぱりこれも策略のうちか、ってちょっぴりヘコみかけたけれど、その後でお返しと言わんばかりに降ってきたキスがやけに荒々しかったから、少しは乱すことができたのかもしれないと思うことにした。
 私は今日、先生と、男と女になる。

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