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25

主役様の命令は絶対!

冬本番。12月に入って、また一段と寒さが増したような気がする。昨今は暖冬が取り沙汰されているけれど、冬はやっぱりそれなりに寒い。
彼との関係は相変わらず何の変哲もない。相変わらず、同じ講義の時には隣に座って、時間とタイミングが合えばお昼ご飯を一緒に食べ、バイトのシフトが被っていれば一緒に行って帰る。そんな毎日が続いていた。
あれから、彼とそういう行為には及んでいない。手を繋いだりキスをしたりすることはあっても、それ以上のことは全く。勝手なイメージだけれど、男の人というのは、一度そういうことをした相手にはもっと頻繁に迫ってくるものだと思っていた。が、彼は非常に淡白なようで、ちっともあの時のように迫ってこないのだ。
もしかして気持ちよくなかったから私とはもうしたくないと思っているのかもしれない。そんな一抹の不安が過るが、今はそれよりも衝撃的な事実に頭を悩ませることの方が先決だった。


「た、誕生日!?」
「名前ちゃん知らなかったの?てっきり赤葦君から聞いてると思ってたんだけど…」
「聞いてない…」
「まあそういう話ってなかなかしないよね」


友達に、講義内容で分からなかったところがあるから教えてほしい、とお願いされて食堂で勉強していた時のこと。その子は入学当初から私に声をかけてきてくれるようないい子で、赤葦君と付き合い始めて微妙な空気が流れた時も、ちっとも気にせず私に接してくれた。人付き合いが上手ではない私にとってきちんと「友達」とカウントできる数少ない人物である。
期末試験が迫っているため私も気合いを入れて勉強していたのだけれど、1時間ほどが経過した頃に集中力が切れたらしい友達が口を開いた。赤葦君の誕生日に私と勉強なんかしてて大丈夫?と。それはもう自然な流れで「赤葦君の誕生日」というワードを口にしたのだ。
今日が赤葦君の誕生日。そんなの初耳だ。たぶん彼だって私の誕生日は知らないんじゃないだろうか。ていうかどうしてこの子は赤葦君の誕生日を知っているのだろう。恐ろしい情報網である。
いやいや、今は誕生日の情報源についてはどうでもいい。そんなことを考えている場合ではない。彼氏の誕生日に何もしない彼女がやばいということぐらい、私でも分かる。長年付き合っているからスルーしよう、とか、私達はそういうレベルではないのだ。
私に至っては初めての彼氏の誕生日というビッグイベント。日々どうでもいい話をしているというのに、なぜ今まで誕生日の話題が出てこなかったのか。自分の注意力と計画性のなさに絶望する。


「プレゼントって何を用意したら良いんだと思う…?」
「赤葦君はそういうの気にしなさそうだけどなあ。欲しいものをあげるのが一番だと思うけど、リサーチしてないよね?」
「してない…全く…赤葦君の考えてることいまだに分かんないし…」
「うーん…じゃあほら、手作りケーキとか」


言われて考える。スーパーに行って材料を買えばできないことはない。私も彼も今日はたまたまバイトが休みだから、私だけ先に帰ってケーキを作ればいいのだ。しかし、ぶっつけ本番で上手くケーキが作れるとは到底思えなかった。
ただでさえ料理が得意というわけではないからもたつくだろうし、普通の料理ではなくお菓子を作るとなると、もはや初めての経験と言っても過言ではない。そんな危ない橋を渡るより、ケーキはお店で買った方が絶対に美味しいし安全だ。私は再び悩み始める。


「もういっそ、私をプレゼント!っていうベタなやつやっちゃうとか」
「なっ、それは無理無理!」
「名前ちゃんそういうことしそうにないもんね〜」


ごめん冗談、と笑う友達に、真面目に考えて!と言ってしまったけれど、誕生日当日になって焦るハメになったのは自分のせいなので、冷静になった私は八つ当たりしてしまったことを素直に謝罪する。友達はそんな私の八つ当たり発言など気にしていないようで、じゃあ何がいいかなあ…と、まだ一緒に考えてくれる様子だ。本当にいい子である。
それから勉強そっちのけで考えたけれど、赤葦君の欲しいものが分からない以上、夜ご飯を御馳走して買ったケーキでお祝いするのがベストではないかという結論に至った。プレゼントは後日一緒に買いに行けばいいと言われて、確かにその方が効率が良いと納得した私は、話がまとまったところで再びノートに視線を落とした。


◇ ◇ ◇



「誕生日、おめでとう」
「え?俺、名前に誕生日教えたっけ?」
「友達にきいた」
「だよね。言った覚えないからびっくりした」


夜ご飯を御馳走すると言ったら、どうして?と尋ねられたので、道端でおめでとうを言う流れになってしまった。おめでとうの言葉を言っただけで驚いて、その後普通に、ありがとう、と顔を綻ばせる彼に、私の方が嬉しくなってしまう。…なんて、呑気にふわふわした気持ちになっていてはいけない。
今日は彼が主役の日なのだ。たとえ当日になるまで誕生日を知っていなかったとしても、今から私にできることは最大限やってあげたいと思っている。手始めに夜ご飯を御馳走、それからケーキを買いに行こう。いや、でも先にケーキを買わないと食べたい種類がなくなってしまうだろうか。
真剣にこれからのプランを練っていると、赤葦君が握っている私の手を握り直した。寒い日に手を繋いでいると、お互いの体温を半分こできているような気分になるから、私は結構冬が好きだ。こんな考え方をする日がこようとは、入学当初の自分が知ったら引っ繰り返ってしまうだろう。


「夜ご飯は名前が適当に作ったものでいい」
「誕生日なのに?それはさすがに気が引けるんだけど…」
「俺が、そうしてほしい」
「…じゃあせめてケーキはちゃんとしたやつ買いに行こう」
「いいよ、いらない」
「そういうわけには、」
「俺が、早く帰りたい」


私が発言するたびに「俺が」の部分を強調して自分の意見を述べてくる彼は、自分が今日の主役であることをよく分かっている。これでは私は何も反論できない。しかし、私の作った夜ご飯、おまけにケーキもなしとなると、普段の夜ご飯と変わらないではないか。
私はどうも腑に落ちなくて、やっぱりケーキだけは買って帰ろう、と言うために口を開こうとした。が、それは未遂に終わる。いつもそうだ。彼は私が何か大切なことを言おうとする度に、タイミングを見計らったかのように先に発言してしまう。


「プレゼント、用意してないんでしょ?」
「今日知ったから…ごめん」
「良かった」
「良かった?」
「俺の計画、丸潰れになるところだった」


ふふ、と笑いを零す彼は、やけにご機嫌な様子でちょっと怖い。ていうか赤葦君の計画って何だろう。プレゼント用意してなくて良かったって、どういう意味だ。なんだかとても嫌な予感がする。
彼がまた、絡めている手の力を強めた。冷たいけど温かくて、不思議な心地がする。


「本当は自分から言うつもりだったんだ」
「何を?」
「実は今日俺の誕生日なんだよね、って」
「どうせなら早く教えてよ…」
「だからプレゼントちょうだいって、お願いしようと思ってた」
「え」


なるほど。だから私がプレゼントを用意できてなくて良かったって言ったのか。それは理解した。けれど、それじゃあ彼がほしいプレゼントって、


「ベタなやつ、やってよ」
「…ベタなやつ」


そこで思い出す、数時間前の友達との会話。冗談だよ、と言っていたそれは、もしかしたら冗談じゃなくなるかもしれなくて、変に心臓がうるさくなり始める。


「わ、私を、プレゼント、みたいな…?」
「なんだ、知ってるんだ。もしかして予習済み?」
「違う!そういうわけじゃない!」
「それじゃあ話は早いね」
「私、プレゼントあげるなんて言ってないしっ」
「俺の、誕生日に、俺が、ほしいって言ってるのに?」


そうだ、この男はこういう性格だった。冷静にしたたかに狡猾に大胆に。私を追い詰めることに関しては右に出る者がいない。そういう、抜け目ない男。だから私は、今回も白旗を挙げることしかできそうにない。