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おそろいなのは何色?

8月下旬。まだまだ暑い日が続く中、私と彼は太陽の日差しから逃げるように屋内施設に逃げ込んでいた。
初デートで水族館なんてベタすぎる、と笑われるかと思っていたけれど意外にもそんなことはなく、彼はあっさり、いいね、と快く了承してくれた。ちなみにそんな彼は今、私の隣で大きな水槽の中を優雅に泳ぐ名前も知らぬ魚を眺めている。私はというと、それなりに魚を見てはいるけれど、それと同じか、もしくは魚よりも長く彼を見ているかもしれなかった。
あまりまじまじと彼の顔を見たことはなかったけれど、ここにきて改めて思う。彼はなかなか綺麗な顔立ちをしている、と。男性に対して綺麗という形容詞は褒め言葉にならないと聞いたことがあるけれど、彼にはその言葉がぴったりだと思う。本人にそれを伝えたら不愉快な顔をされるかもしれないし、思いも寄らぬ切り返しをされてドギマギしてしまうかもしれないので口にはしないけれど、私はそんなことを思いながら何度もチラチラと彼の横顔を眺めていた。


「イルカショー何時からだっけ?」
「11時半からって書いてあった」
「じゃあもうそろそろか…込みそうだし、少し早めでもいいよね?」
「うん」


一通り館内を見て回ったところで、時刻はちょうどイルカショーが始まる15分前。夏休みということもあり家族連れや団体客も多いせいだろう。彼の言う通り、イルカプールには既になかなかのお客さんが集まっていた。
後ろの方の空いている席に並んで座り、イルカショーが始まるまでは特にすることもないので携帯を取り出す。本来の私は頻繁にSNSのチェックをするようなタイプではないのだけれど、こうでもしていないと間がもたないというか、途端に緊張感で不自然な行動を取ってしまいそうで怖かったのだ。
ちらり。本日何度目かの盗み見。彼はこの暑い中、涼しい顔をして私と同じように携帯を取り出しており、長くてすらりとした、それでいて男性らしい指で画面をなぞっていた。きっと余裕なんだろうなあ。こんなデート、私以外の女の子と飽きるほどしただろうに、彼は文句ひとつ言わず今日を過ごしてくれている。
出会ってからと付き合い始めてからと今と。彼の印象は刻一刻と変化していて、私はその変化になかなかついていけずにいた。マイナスな印象はすっかりなりを潜めてきていて、こういう関係になるまで知り得なかったプラスの印象がどんどん付加されていく。私はこのまま彼に落ちてしまってもいいのだろうか。否、落ちたままでもいいのだろうか。それが不安で堪らない。


「写真撮る準備しなくていいの?」
「え、あ、そうだね」
「なんならツーショット撮っとく?」
「それは!いい!」
「…まあそう言うと思ってたけど」


ずい、と近付かれたことによる恥ずかしさから、咄嗟に全力で拒絶するみたいに身体を引いてしまった私に、彼は苦笑して私から離れた。近付かれたことが嫌だとか、ツーショット写真を撮りたくなかったとか、そういうことは全然思っていない。けれども、私はどう頑張ったって恋愛初心者で、上手くいかないのだ。
微妙な空気が流れそうになったところで、私達の間を取り持つみたいなタイミングで始まったイルカショー。彼はやっぱり私ではなくイルカショーを見ていて、私はそんな彼をチラチラ見ながらイルカショーを堪能した。
あっと言う間に終わったイルカショーの後、沢山の人がイルカプールを離れようと席を立つので、通路は人でごった返す。そんな時、するんと私の手を攫うのは当たり前のことながら赤葦君で、夏祭りの夜を彷彿とさせた。人込みではぐれないようにするための手段。それは分かっているけれど、やっぱりどきどきしてしまう。しかも彼は人込みを抜けてからも私の手を離すことはなくて、そのまま館内のお土産物屋さんに入っていく。


「何か買う?」
「バイト先に…買う?」
「じゃあ適当に選ぼう」


手を繋いだままバイト先へのお土産を選ぶ。こういうのは質より量だし、味も二の次だ。私達は無難なイルカの絵がプリントされた平凡なサブレを買うことにした。それからレジに向かうまでの間、他に何があるのだろうかと陳列棚を見ていた私は、ストラップコーナーに目を奪われる。どこにでもありそうなイルカのストラップ。ありがちな、誕生月ごとに色が違うというタイプのそれは、今時高校生でも買わないだろう。
けれども、中高とそういう甘酸っぱい経験をしたことがない私にとっては、とても魅力的に見えた。思い出に。いや、そういうの重いのかな。こんなものが欲しいって、それこそベタすぎるし。


「買おうか」
「えっ、いや、でも…」
「初デート記念ってことで」


何月生まれだっけ?と私に尋ねてきた彼は、私の誕生月の色のイルカと彼の誕生月らしい12月の色のイルカをそれぞれ手に取ってさらりとお会計を済ませてくれた。お店を出てすぐに、はいどうぞ、と渡された小さなイルカのストラップは、大量生産で作られたものなのに特別感が漂う。


「ベタだなって思ってるでしょう」
「うん、思ってる」
「じゃあ、」
「でもそれが嫌だとは言ってないよ」


そう言って自分の分のイルカのストラップを取り出した彼は、自分のキーケースにつけた。


「…つまらないでしょう、私とこんなところ来ても」
「なんで?」
「だって、今まで付き合ってきた人とも散々来たんじゃないの?」
「確かに来たことはあるけど、名字さんとは初めてだし。俺は名字さんが楽しんでくれてたら楽しいよ」


いつもそうだ。彼はさらりと私がどきりとすることを言う。女慣れしているんだろうなと思った。言われて嬉しくないわけではない。優しいなとも思う。けれども、自分だけが何もかもが初めてでテンパっているのは、どうも恥ずかしさが増して居た堪れないのだ。
彼に手を引かれて外に出る。涼しい館内とは違って燦々と太陽の光が降り注ぐ屋外は容赦なく暑い。昼ご飯どうしようか、と尋ねてきた彼に、どうしようか…と気のない相槌を打ってしまったのは、このまま彼を拘束し続けていいのかという妙な考えに苛まれたから。
付き合うというのがどういうことなのか、私にはいまだによく分からない。好きだから付き合っているとは言っても、彼は私に合わせてくれているだけで、つまらない無駄な時間を過ごさせているのではないか。そうだとしたら、もうここでデートは終わりにした方が良いのではないか。そんな考えが浮かんだのだ。
そんな私を見て、彼は距離を置きたくなったのだろうか。私を日陰まで連れて来てくれたところで、ちょっと待ってて、という言葉を残してどこかに行ってしまった。1人ぽつんと待ちぼうけ。このまま愛想を尽かされて置いてけぼりにされちゃうのかも。それならそれでいいか。だってこういうの、元々私には似合わなかったわけだし。
ぼうっと、視線を自らの服に落とす。ひらひら揺れる薄い水色のワンピースはおろしたて。この日のために買ったなんてとてもじゃないが言えなかった。そう、私は浮かれていたのだ。彼に可愛いと言ってもらえるんじゃないか、って妙な期待もしていた。そういうことに少しずつ慣れてしまっていた。普通のことじゃないのに。慣れちゃいけないのに。彼のせいで。
ひやり。突然頬に冷たいものが当たった。びっくりして顔を上げれば、彼が汗をかいたペットボトルを私に差し出していて再度驚く。帰ったわけじゃなかったんだ。


「暑いから熱中症になっちゃいけないと思って。ごめん、気が回らなかった」
「…ありがとう」
「疲れた?」
「ううん、そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて?」


私の言葉の続きを促すように優しく尋ね返して嫌じゃない沈黙を作り出してくれる彼は、なんだかとってもいい人みたいだ。最初は苦手だって思っていたし性格悪いなって思っていたけれど、今でもたまにそれは思うけれど、でも、それだけじゃなくて。
ほら、こうやって私の世界は変わっていく。それは間違いなく彼の力によるもので、戸惑うことも沢山あったしこれからも沢山あるのだろうけれど、それが新鮮で嬉しくもあって。私自身も変わりたいと思った。思わされた。彼によって。


「赤葦君とここに来るの、実はすごく、楽しみにしてて…」
「え、」
「でもなんか、いつもと一緒のはずなのに緊張しちゃって、色々と上手くできなくて…ごめんね。楽しくないわけじゃないんだけど、」
「…名字さんってそういうこと言うタイプじゃなかったよね」
「…え、と、」
「困るなあ」
「ごめ、」
「これ以上余裕ぶるの大変なのに」


彼の顔が少しだけ赤くなっているのは暑さのためか、それとも。暑いね、って言われて頷く。お昼ご飯冷たいもの食べたいね。そうだね。汗かいちゃったんだけど手繋いでいい?そんな擽ったすぎる会話を経て、私が頷くよりも先に繋がる手。私も手汗すごいのに、って思ったけど嫌がりはしなかった。嫌じゃないから。


「その服」
「なに?」
「その服、可愛い」
「…ありが、とう、」


言われたらいいなと思っていたくせに、いざそのフレーズを言われると照れてしまって、慣れてきたつもりだったけれどやっぱり慣れてないなあと思う。けれども前とは違って、私は彼からのその言葉を受け入れることができた。少し、変わることができたかもしれないと思った。そんなちっぽけなことが嬉しい。
今、私の顔は彼と同じくきっと少し赤く染まっていることだろう。暑さのためじゃなくて、違う理由で。けれどもそれを見られても恥ずかしくないと思えたのは、彼とおそろいだったからに違いない。