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あなた、破壊神ですか

同じバイト先である以上、どうやってもシフトが少しずつ被ってしまうので、彼と接する時間が格段に増えたのは間違いない。それは夏休みに入っても同様で、彼とは定期的に会わざるを得なかった。彼は物覚えが早いらしく、まだ1ヶ月程度しか経過していないというのにすっかり仕事に慣れてきたようだ。社員さんも先輩達も、今年の1年生は優秀なんだなあ、なんて言っているのを耳にした。今年の1年生は、ということは、つまり彼だけではなく私も優秀な部類に入れてもらっているということなのだろうか。そうだとしたら、それは喜ばしいことだった。
ところで書店バイトというのはレジ以外に裏方の仕事もあって、商品の補充の他に本や雑誌の搬入や荷解きなんていう、なかなかの重労働もこなさなければならない。私は基本的にレジ担当のことが多いけれど、彼は男性ということもあって搬入などの仕事を割り振られていることが多く、同じ日にシフトが被っていてもあまり一緒に働くことはなかった。それは本来ならば喜ぶべきところなのに、私ときたらこの暑さのせいで頭のネジが何本か飛んでいってしまったのか、少し、ほんの少しだけれど、彼は今頃何の仕事をしているのかな、などと考えてしまうことがある。これは間違いなく、あの妙な電話をしてからだ。彼があんまりにも私に絡んできてお節介まで焼いてくるものだから、つい気になってしまっているだけなのだとは思うけれど、それにしたって自分の心境の変化には驚かされるばかりだ。
そんな夏休み始め頃の7月下旬のこと、珍しく彼がレジ担当だった。私と彼、レジは2人だけ。お客さんさえ来なければレジは基本的にあまりすることがなくて、たまに紙のカバーを本のサイズごとにあわせて折ったり、売り場に使うポップ作りを少し手伝ったりするぐらいだ。今日はそのどちらもする必要がなさそうで、とても退屈な平日。レジャー施設でもない本屋は、夏休みだからといってお客さんが急に増えることなどなかった。


「夏休みの予定、何か決まった?」
「…何も」
「まだチケットあるよ、熱海の」
「いらない」
「んー…あ、そういえば来週この近くで夏祭りがあるんだって。知ってた?」
「知らない」
「行こうよ、一緒に」
「え…、なんで…?」


今度は電話の時とは違ってきちんと言われた。一緒に行こうって。けれどもその言葉に、いいね!行こう行こう!などと返事ができるわけもなく。私は当然のように疑問符を浮かべていた。彼はいつも唐突だ。何でも思いつきでポンポンと言っているとしか思えない。
夏なのだから夏祭りがあるのは何の疑問も抱かないけれど、夏祭りがあるからといってどうして私と一緒に行こうという発想になるのだろうか。そういうのは普通、友達とか彼女とかと行くものだと思う。私は彼にとってそのどちらでもない。ただの同じ大学に通う同学年の人、もしくは同じバイト先で働いている人、そんな感じだ。それなのに彼は私を誘った。どう考えたって不可解である。


「俺が名字さんと行きたいと思ったから、かな」
「どうして?」
「…どうしてだと思う?」


くすり。彼特有の戯けたような笑みが私はあまり好きではない。弄ばれていると思わされるのが不愉快だからだと思う。
そんなやり取りの途中でお客さんが来た。私はレジでマニュアル通りの接客をする。それからまた1人、2人と何人かレジ打ちをして客足が途絶えた時、ねぇどうしてだと思う?と。彼が尋ねてきた。先ほどの話はまだ続いていたのかと思わず眉を顰める私に、彼は切れ長の目を更に細めて薄く笑うだけ。ああ、この表情も苦手だ。恐らく私は、彼の浮かべる表情全てを受け入れることができないのだ。


「そんなの知るわけないでしょう」
「知りたい?」
「別に」
「冷たいなあ」
「いつものことだと思うけど」
「はは、そうだね」


彼は何がおかしいのか、また笑っていた。彼の考えていることはいつだって私の理解の範疇を超えている。だからきっと苦手なんだ。予想や想像を遥かに超える彼のことを、自分の手に負えない彼のことを、私は恐れている。
そんな時にまたお客さんが現れた。制服姿ということは高校生だろうか。丸いぱっちりした目の可愛らしい女の子が彼のレジに進み、私が見てもすぐに分かるぐらい食い入るように彼を見ている。私が気付くぐらいだから見つめられている張本人である彼も当然その視線には気付いていると思う。けれども彼は淡々とレジを打ち会計を進めていき、ありがとうございました、という言葉を添えて商品を渡した。


「あの、お兄さんっていつもこの時間帯にいますか?」
「いつもいるとは限りませんが」
「私、その、お兄さんのこといいなって思ってて、」


商品を受け取らずにそんな会話をする女の子を目の当たりにした私はかなりの衝撃を受けた。なんという積極的な女の子なのだろう。今時の女子高生はこんなに攻めるのが一般的なのだろうか。まあ私だってほんの数ヶ月前までは女子高生だったのだけれど、こんな子は周りにいなかったように思う。私は彼がどんな反応をするのかと固唾を呑んで見守ることしかできず、他にお客さんが来やしないかとハラハラしていた。


「気持ちは嬉しいんですが、今はバイト中なので」
「じゃあバイト中じゃなければ私の相手をしてくれますか?」
「…それは無理ですね」


可愛い女の子の必死のアプローチをばっさりと切り捨てた彼を見て、意外だと思った。彼はもう少し当たり障りなく、波風立てずに事態を収拾するタイプだと思っていたから。
彼にそんな反応をされた女の子は俯いて商品を受け取ると、いきなりすみませんでした…とレジを離れてお店を出て行った。その後姿を見ると、赤の他人とは言え、なんだか可哀想でならない。彼はというと、特に今のやり取りを気にしている素振りはなくレジ周りを整頓している。なんだかあの女の子がより一層不憫に思えてならない。


「さっきのあれはちょっと可哀想なんじゃない?」
「可哀想?どうして?」
「だって、折角勇気を出して好意があるって伝えてきてくれたのにあんな言い方…」
「その気がないのに妙な期待を持たせる方が可哀想だと思うけど」


確かに彼の言っていることは正論だ。けれども、もっとこう、優しい言い方はなかったのかなと思うじゃないか。自分には全く関係のないことだというのに、私はなぜか悶々としていた。


「じゃあ名字さんは、どんな気持ちであれ、好意を寄せてくれる相手には優しくするべきだと思うんだ?」
「まあ…そりゃあ…そうじゃない?」
「じゃあもっと俺に優しくしてくれないと」
「は?」
「だって俺は、名字さんに好意を寄せてる相手、だよ?」


人の足元を見るような発言ばかりするこの男の性格の悪さを先ほどの女子高生に見せつけてやりたいと思った。この男、こんな涼しい顔をしてネチネチした攻め方をするんですよ、って。けれども悔しいことに、彼の言うことは筋が通っていて。私は何も言い返せなくて黙り込む。
こんな時に限ってお客さんは来ないし、社員さんや他のバイトの人達も来てくれない。こんなことなら下手に首を突っ込んだりしなければ良かった。彼とのやり取りでは後悔することが多い。


「だからさ、夏祭り行こう」
「それとこれとは…」
「嫌?」
「え、」
「俺と夏祭りに行くのは、嫌?」


私の中では嫌か嫌じゃないかという問題ではなかった。そういう関係か、そうじゃないか。それが重要だと思っていた。それなのに彼は私の気持ちを重視してくる。それがむず痒くて、どう答えたら良いのか分からなくなってしまう。
何度も言うけれど、彼のことは苦手だけれど嫌いってわけじゃない。しかし、だからと言って2人で夏祭りに行くのはどうなんだろう。私は平均よりも自分の頭が良いことを自負しているけれど、こういう時には使い物にならない。勉強ばかりしてきたせいで人間関係の築き方を学んでこなかったツケがこんなところで回ってくるとは思わなかった。ああ、また後悔だ。


「返事がないってことは嫌じゃないってことで良い?」
「…赤葦君は、私と行きたいの?」
「そうじゃなきゃ誘わないよ」
「……変わってるね」
「そう?」
「私と行ってもつまんないと思うよ」
「それは行ってみなきゃ分からないから」


決まりね、と。私が行くという返事をしていないにもかかわらず取り付けられてしまった約束。勝手に決められて、本気で嫌ならきっぱり断れば良い。さっき彼があの女子高生に言ったように。けれども私はそうしなかった。できなかった。だって、彼が嬉しそうに笑っていたから。その笑い方は嫌いじゃないなって思ってしまったから。
どくどく。それからの私はと言うと、急に速く脈打ち始めた心臓を鎮まらせるのに必死だった。こんな感情知らない。こんな自分知らない。自分が自分じゃないみたいだ。赤葦君、あなたのせいで私、壊れちゃったのかもしれないんだけどどうしてくれるの?